//シナリオ.txt //1ページ大体 24文字×19行 ; '01234567890123456789012345 ----------------------------シーン1  森は静寂と深い夜の闇に包まれていた。  多い茂った木々の隙間から星々の光が差し込んでくる。  そのかすかな光を頼りに、息を殺したまま目の前に広がる闇を、じっと見つめる 。  闇の中に何かがいる。  恐らく向こうはこちらの存在に気づいて、僕らの様子をじっくりと観察しているはずだ。  なぜなら、奴らは闇の中でも昼間と同様に目が利く。  闇の中での戦いは相手にとって断然有利なのだ。  僕は肩に担いでいた大剣を鞘からゆっくり引き抜き、正眼に構えた。  剣の柄を握る両の手にじっとりと汗が滲んでいるのが、はっきりとわかる。  心臓の鼓動の間隔が段々と短くなっていく。 「セレンさん……」  後ろの方からか細く不安げな声がかけられた。  前方の闇に注意を払いつつ、声の主の方に顔を向ける。  そこには年のころで言えば十八、九の娘がいる。  闇の中に浮かび上がる顔は白く、少女の幼さが残っている。  質素な白色の服に身を包み、その手には不可解な文字が刻まれた木の杖を持っていた。  紐で結った長い銀色の髪は星の光を反射して、幻想的な雰囲気を感じさせた。  フェネル――というのが彼女の名前だ。  フェネルは白魔術と呼ばれる特殊な魔術の使い手であり、  僕の最も信頼できる唯一の仲間である。  敵はすぐ近くにいる。  それは肉眼でこそ確認できないものの、僕らに向けられる肌に突き刺さるような殺気がそう教えてくれた。  しかも、相手は複数いるようだ。  フェネルもそれに気づいているのか、不安げな視線を僕に投げかけてくる。  無理もない。  この戦いは僕らにとって初陣なのだ。  いままでいくら戦いの訓練を積んで来たと言っても、実戦は初めてなのだ。  緊張しない訳が無い。  本来なら僕が気の利いた言葉でも投げかけてフェネルの不安を少しでも取り除いてやらねばならないのだが、 僕にはそんな余裕は少しもなかった。 「フェネル、明かりを出してくれ」 「は、はい!」  僕のその声にフェネルはそう答えて、持っていた杖を両手で胸の前に構える。  そして目を閉じ、流れるような韻のある言葉を唱え始める。  遥かなる天上に住みし月の使者よ。  我願う。  闇を切り裂く白く輝く光を我に与えよ。  透き通るような美しい響きの詠唱は、物音一つしない静寂の森に静かに響きわたる。  次の瞬間。  白く輝く光が僕らの頭上に出現する。  フェネルの使う白魔術の一つ、“白き光明”と呼ばれる術だ。  僕はその眩しさに一瞬顔をしかめる。  光は、暗闇に包まれたこの森を明るく照らし出す。  フェネルの出してくれた明かりのおかげで一気に視界が広くなった。  三呼吸ほどゆっくりと夜の冷たい空気を肺に取り込む。  明るさに目を徐々に慣らしていく。  明かりを出した時点で敵の標的になることは判っていた。  が、夜目の利く相手に明かりなしで戦うなんてことは絶対に避けたかった。  だから、相手を明かりの中へ誘い出すのが一番いいと思った。  敵はまだ襲ってこない。  僕らの目の届かない闇の中に身を隠したままだ。  剣を持つ手が汗でべとべとする。  喉の奥がカラカラだ。  頭の中が熱い。  居るのは判っている!  来るなら早く来い!! 「セレンさん!! 来ます!!」  最初に反応したのはフェネルだった。  次の瞬間闇に覆われた木々の間から二つの黒い塊が明かりの下に飛び出す。  黒い鱗に覆われた体。  凶暴な獣を連想させる鋭い顎。  四本の足。  体のあちこちから生えている鋭い角。  そして、長く太い尻尾。  獲物を狩る獣の目をこちらに向け、二匹の魔物が突進してくる。 「フェネルは下がって!」  そう言って剣を構え、一歩踏み出す。  ものすごい速さで疾駆してくる二つの黒い影。  二匹の魔物は獲物をその鋭い牙で噛み殺そうと一気に迫ってくる。  次の瞬間、そのうちの一匹が地を蹴り宙に跳んだ。  敵のその動きに僕の体は自然に動く。  正眼に構えていた剣を上段に振りかぶった。  そして宙に跳んだ魔物が跳びかかってくるのを向かえ討つ。  上段に振り上げた剣を力いっぱい振り下ろした。  両の手に感じる確かな手ごたえ。  その一撃で魔物を真っ二つに叩き切った。  地面に落ちた黒い肉塊からどす黒い血が噴出す。  視界に広がる真っ赤な液体。  嫌な臭いが鼻を突く。  その光景を見てか、フェネルが小さく悲鳴を上げた。  休んでる暇はない。もう一匹残っている。  ついで、二匹目の魔物が鋭い顎で僕の太股に食いかかろうと突っ込んでくる。  僕は剣を振り下ろしたままの前傾姿勢で、突っ込んでくる魔物の横っ腹に右の廻し蹴りを食らわした。  蹴りは魔物の横腹にめり込み、鈍い音をさせる。  蹴りを食らって吹っ飛ぶ魔物。近くに生えている木の根元に叩き付けられる。  僕は剣を逆手に持ち替え、振り上げた。  そして、吹き飛ばれ体勢を崩している魔物の胸部に剣を突き立てた。  魔物は鳥肌が立つような断末魔の叫びを上げ、そして動かなくなった。  剣を突き立てた傷口からドクドクと真っ赤な血が沸いてでる。  はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……  なんとか……  なんとか、やれた。  初めて魔物を仕留める事が出来た。  だが、これで戦いは終わりじゃない。  まだ敵は残っている。 「まず、二匹……」  そう呟いて剣の刃に付いた血を振り払った。 「セレンさん、大丈夫ですか?」  返り血を浴びて、血まみれになった僕を見てフェネルは心配そうに尋ねてきた。 「怪我はしていない。気分がすこぶる悪いけどね。フェネル、まだ敵は居る! 気をつけて!」 「はい!」  フェネルは力強く答えた。  再び剣を構えなおして、森の奥に広がる闇に目を向ける。  残る敵はたぶん1体のみ。  しかし、先刻切って捨てた魔物なんかじゃない。  もっと、比べ物にならないぐらい強い奴。  僕らターナの人々の宿敵。  魔人……  恐らく、さっきの二匹の魔物どもを異界から召喚したのもこの先の闇に潜む魔人のはずだ。  体がだるい。  腕が重たい。  足元に転がっている魔物の死体の異臭が胸をむかつかせる。  しかし、頭ははっきりとしていた。  白い光に照らされた木々の間。  森の深い闇だけが見える。  そして……4,5回呼吸するほどの短い時間がたった頃。  森の木々の間からそいつはゆっくりと姿を現した。  魔人の体が白い光に照らし出される。  とてもなく大きな体。  全身が魔物と同じような黒く光る鱗に覆われていた。  その体躯は筋肉隆々としていて、人の数倍の腕力があるかのように思える。  一角が頭から生えている。  赤く光る4つの目は異様に見えた。  口には鋭い歯が生えていて、その手には鋭利な爪が生えていた。  グルルルル……  魔人はその醜悪な顔を歪めて笑った。  そしてゆっくりと僕とフェネルの方へ近づいてくる。  体にかつて無い緊張が走る。  剣を握る手が震える。 ----------------------------シーン2 「セレンさん……」  不安のこもった声で僕の名を呼ぶフェネル。 「フェネル聞いてくれ。こちらから一気に仕掛ける」 「はい」 「とにかく僕が攻撃をするからフェネルは白魔法を惜しみなく使って僕の援護をしてくれ」 「わかりました」 「もう一つ。身が危険になったら(HPの値が低くなったら) “~を庇う”で敵からダメージを受けないようにしながら “治癒の霊薬”を使うと怪我が全快できる。 霊薬は本人しか飲むことが出来ないから注意して」 「“庇う”をしながら“治癒の霊薬”を使うんですね」 「そう。 魔人は人よりも動作が圧倒的に素早い。 常に先制攻撃をしてくるから気をつけて。 それじゃ、行くよ」 「はい」 ----------------------------シーン3  大きな音を立てて崩れ落ちる魔人。  全身に刻み込まれた傷から赤い体液が流れ出ている。  グルルルル……  またも魔人はその醜悪な顔を歪めて笑った。  ヤット……ミ・ツ・ケ・タ・ゾ  ソ・ラ・ウ・ク・ラ・ス  魔人は吐血しながら僕らの言葉でそう言った。  魔人は不気味に笑っていた。  その表情が気味悪く僕は寒気を覚えた。  フェネルは僕の後ろに隠れて怯えていた。  フェネルが震えているのが彼女につかまれた腕から感じられた。  だから……  だから、僕は剣を振り上げた。  振り下ろした剣は魔人の首を真っ二つに叩き切った。  手に硬い肉と骨を断ち切る鈍い感触だけが残った。 ----------------------------シーン4  大陸の北方にある村――ターナ。  この村に住む一族はあるもの達と戦うことを一生の使命としている。  彼らはその宿敵を“魔人”と呼んでいる。  魔人は人型でその体長は2m~3mまでに及ぶ。  赤く光る4つの目に鋭い歯、爪を有し、頭には一角が生えている。  肌は黒く光る鱗に覆われていて、鋼鉄のごとく硬い。  またその体躯は筋肉隆々としていて、人の数倍の腕力を誇る。  魔人の中には黒魔術と呼ばれている呪いの魔術を使うものもいる。  性格は残忍にして非情。  人を食うのが好きであり、殺すのが好きであり、生き物を殺すことにこの上ない喜びを感じる。  人の臓物を引きずり出し、食らい、血をすすることこそ至上の喜びとしている。  ターナの人々は魔人は神話に出てくる悪魔の末裔と考えており、彼らを消滅させることこそ  ターナに生まれ育った人間の使命と考えている。  ターナにはそれらの使命を遂行するためにある特殊な掟が存在する。  それは、村の成人した白魔法使いは魔人を倒すための使命を帯び、  そしてその使命を果たすために一人の戦士を従者として従える、というものである。  従者として選ばれた戦士は主である白魔法使いを守護する役目を負う。  よって、ターナの村の子供は幼い頃から女子は白魔法使いとして、 男子は将来の白魔法使いを守るための戦士としての修行を積む。  そして、成人を迎えたとき白魔法使いは同じ年に成人する戦士を従者とするのである。  従者である戦士は別名守護者(ガーディアン)と呼ばれている。  ターナの魔法使いと戦士は「白き魔女とその守護者」の名で広く知れ渡っている。  そして、今。  これから私が話す話は成人の儀式を迎える前のある一組の「白き魔女とその守護者」の話。 ----------------------------シーン5  僕は、荒い息をしていた。  体が重たい。  両の手にもっている剣が異様に重たく感じる。  疲れているのか……?  それより、僕はどこに居るのか?  ふと、手のひらを見てみると血がべっとりと付いていた。  この血はなんなんだろうか?  魔物の返り血?  それとも……僕の血?  でも、体はどこも痛くは無い。  辺りを見回すと少し離れた所にフェネルが横たわっていた。  フェネルがいつも着ている白い衣服が赤色に染まっていた。  フェネルの体から、赤い体液が流れ出している。  血だまりが段々と広がっていく。  フェネルの白い肌がいっそう白くなって。  なぜ? どうしたんだ? 「フェネル!?」  と呼びかけようとしたが声が出ない。いや、出すことができない。  フェネルは全く動かない。まるで死んでいるようだ。  僕は……彼女を守れなかったのか?  僕は持っていた剣を投げ捨てフェネルに駆け寄った。  そこで気づいた。  持っていた剣は僕が普段から使っている剣とは明らかに違っていた。  刀身は白銀。柄の部分には綺麗な装飾がされた剣であった。  そして、それは。  その剣は真っ赤な血に染まっていた。  もしかして……  もしかして……僕がやったのか?  いや、そんなはずはない。 「いや、そうだ」  頭の中に声が響く。 「その娘を死に追いやったのはお前だよ」  目の前に昨日殺した魔人の顔が浮かび上がった。  その醜悪な顔を歪めて不気味に笑っている。 「近い未来に体験するはずだ。もう一度言ってやろうか? その娘はお前のせいで死……」  うるさい!!! だまれ!!!  僕はそいつの。  魔人の声を振り払おうと頭を振った。  耳を両手でふさいで。  何度も何度も振り払った。  魔人の高笑いがこだまする。  「……レン! ……セレン!! セレン!!!」  その時別の方向から僕の名を呼ぶ声が聞こえた。 ----------------------------シーン6  目の前に木の天井が見える。  もう何年も見慣れた天井だ。  体が気持ち悪い。  汗でぐっしょりと濡れているようだ。  木の窓からは朝日が差し込んでいた。 「夢……だった?」  僕はボーっとさっきまで見ていた夢の内容を思い返して見た。  細部までよく覚えていない。  凄く嫌な感じの夢だったような気がする。  どんな夢をみてたんだっけ?  そんなことをボーっと考えていると、 「セレン!」  と聞きなれた声がかけられた。  気だるい体をベットから起こして声のした方を見る。  そこには、フェネルとそう変わらない年の娘がいた。  こちらを見て心配げな顔をしている。 「おはよう、ミーシャ」  と言って、寝起きの顔を彼女に向けた。  彼女の名前はミーシャ。  僕の姉だ。  姉といっても血のつながった本当の姉じゃない。  いわゆる義姉って奴だ。  10歳の頃から一緒に暮らすようになった。  元々はじいちゃんと僕とミーシャの三人でこの家でくらしていた。  でも。  じいちゃんが二年前に他界してから僕はミーシャと二人きりで暮らしている。  血はつながってはいないが、ミーシャは僕にとってこれ以上ない姉さんだ。  そして、聞いたことは無いけども。  ミーシャも僕のことをかけがえのない弟と思っていてくれるはずだ。  たぶん……  余談になるけどここターナの村では義理の兄弟というのが多い。  なぜならターナの人々の一生は魔人との戦いである。  戦いは生活の一部だ。  だから、子供が小さいうちに両親が魔人に殺されていなくなってしまうことも少なくない。  そういう子達は同じ村の子供が居ない人たちに引き取られ育てられる。  ミーシャもそういったケースでじいちゃんに育てられたのだ。 「セレン、大丈夫? 随分とうなされていたみたいだけど……」  ミーシャは心配そうに僕の顔を覗き込んだ。 「なんか、嫌な夢を見ていたみたいだ。シャツが汗でべとべとだ」  といって僕はべとべとのシャツを手で引っ張って見せた。 「とにかく着替えなさい。着替えはベットに置いてあるわ」  ミーシャは僕の足元を顎で指した。  なるほど。  足元には僕の服が用意されていた。 「私、食事の用意をしてくる。水を汲んでくるわ」  そう言ってミーシャは木製の桶を持って、家の外へと出て行った。  恐らく、村で共用の井戸へと行ったのだろう。  僕は汗でべとべとになった夜着を脱ぎ捨てて、近くにあった布で軽く体を拭いた。  そして、ミーシャが用意してくれた服に袖を通す。  やっぱり新しい服は気持ちがいい。  それから、しばらくベットに座ってぼけーっとしているとミーシャが水汲みから帰ってきた。 「ところで……」  ミーシャは朝食の準備を手早くしながら、口を開いた。  朝食は昨日の残り物のパンである。 「昨日はセレンもフェネルも無事に帰ってきてくれてよかったわ」  ミーシャは嬉しそうに話しながらパンにかぶりつく。 「まあ、なんとか怪我らしい怪我もしないで無事に帰ってこられたよ」  僕もミーシャと同じようにパンにかぶりつく。  かたいパン。  水を口に含みながら何度も何度も噛む。  お世辞にも美味しいなんていえない。  でもターナの食事は全部こんなもんだ。  そんなに裕福な食事なんて出来るもんじゃない。 「で、どうだったの? 初陣の感想は?」  ミーシャはパンをかじりながら興味津々といった感じで聞いてくる。 「う~ん。実は正直言うと怖かったかな」 「やっぱり~。セレンが怖がりなのは昔から変わってないのよね~」  嬉しそうにそんなことを言うミーシャ。  一体何を考えるとそんな嬉しそうに、そんな台詞が言えるのだろう。 「でも、初陣で魔人の首を持って帰ってくるなんてさすが、私の弟だわ」  ミーシャは誇らしげに言う。  実際、成人を迎えてない魔法使いと戦士の一組で魔人の首を持ち帰って来るなんてケースはまず少ない。  今回のケースはまれである。  大体は実力が足りず魔人餌食にあうか、懸命な判断をして逃げるかのいずれかの場合になることが多い。 「正直、昨日のはまずかったかも」 「えー、なにが?」 「やっぱり、相手が魔人だって思った時点で逃げるべきだったかもね」 「大丈夫よ、セレンって村の中ではかなり強い部類に入るし。実際魔人を血祭りに上げちゃったし。ただ……」  残りのパンをミーシャは口の中に押し込め、 「絶対に勝てない相手だったら、その時はしっかり逃げなさいよね」 と、真剣な顔つきで言った。 「うん……」 と僕は小さく返事をした。 「ところで成人の儀式まで、あと半月ぐらいよね」  朝食も終わりミーシャは椅子にもたれかかって、そんなことを言ってきた。 「う~ん、もうそろそろ僕も大人なのか~ ところで、成人の儀式ってなにやるの?」  と、ミーシャに問いかける。 「くだらない~~~~い、形式だけの儀式よ。これから一生魔人と戦い続けます~とか宣言させられるのよ。 はっきり言ってたまったもんじゃあないわ」 「ふ~ん」  なんとなく頷いていると、 「そういえば今ごろフェネル、村はずれの川で洗濯でもしている頃よ」  と全く関係ない話題を持ち出してきた。 「だから?」 「あんたも鈍いわねー。行ってあげなさいって言ってるの」 「何のために?」 「フェネル、あんたの主でしょ? コミュニケーションが大事よって言ってるの」 「まだ、フェネルに仕えるって決まったってわけでもないんだけど……」 「うるさいわね! ぐだぐだ言ってるんじゃないの! フェネルは私の大切な親友なのよ! フェネルのしもべ志望なら、彼女をもっと大切にしなさい!」 ----------------------------シーン6  ミーシャのその剣幕に「う、うん」と思わず返事をしてしまった僕。  その上、家を追い出されてしまった。  なんか情けない。  とりあえず昨日魔人との戦いから帰ってきたばかり。  少し体を休めたいので、毎朝の習慣としている剣の稽古は今日はやりたくない。  ミーシャの話だと村のはずれの川でフェネルが洗濯をしているらしいし。  しばらくぶらぶらと町を散策することにしよう。 ----------------------------クエストモード1 ・ミーシャとセレンの家 ここは僕とミーシャが住んでいる家の前だ。 あまり立派な家とはいえないけどターナの村にある標準的な家だと思う。 ・村の井戸 村で共用の井戸が見える。 村人の飲み水は全てここでまかなわれている。 (井戸で水を汲んでいる人は今はいないみたいだ。)  ふと見ると僕のうちの隣に住んでいるリセナばあちゃんが井戸で水を汲んでいた。  リセナばあちゃんは僕のじいちゃんと凄く仲が良かった人だ。  じいちゃんが死んだ時は随分と悲しんでいたっけ。 「おはよう御座います」 と、僕はリセナばあちゃんに挨拶をした。 「おや、ディグのところのセレンじゃないかね。」  そう言ってばあちゃんは嬉しそうに笑ってこちらを向いた。  ちなみにディグとはうちのじいちゃんの呼び名だ。 「昨日は随分とお手柄だったそうじゃないか。魔人の首を取ってきたとか」 「いや~、そんなことないです」  と、ぽりぽりと頭をかく。  そんなことを言われると照れてしまう。  リセナばあちゃんはそんな僕にお構いなしに話を続ける。 「セレンも立派な戦士に育ってくれて。今のセレンを見ていると若い頃のユークリッドを思い出すよ」 「父さんのことですか?」  実のところ僕は自分の父親のことをあまりよく覚えていない。  小さな頃によく剣の稽古をつけてもらった記憶があるのだが、それ以外のことはあまり覚えてはいないのだ。  父は僕が小さい頃、ある事件をきっかけに行方不明になってしまった。  今ではどこにいるのか?  生きているのか、死んでいるのかもわからない。  僕の思い出の中にはミーシャとじいちゃんの思い出しかないのだ。 「若い頃の父さんはどんな人だったんですか?」  おそらく頭の中で若い頃の父と今の僕をダブらせているリセナばあちゃんに聞いて見た。 「ユークリッドは強くて勇敢な戦士だったねぇ。どんな苦境に立たせられても諦めることのない正義感の強い青年じゃった。 そう、今のセレンのようにのう。」  そう言ってリセナばあちゃんは再びしわくちゃの顔に笑みを浮かべた。 「それではそろそろ行こうかね」  リセナばあちゃんは水の入った桶をもって自宅のほうに帰って行った。  父さんか。  一体どんな人だったんだろうな。  できることなら、いろいろ会って話がしてみたい。  そして、母さんのことや父さん自身のことについていろいろ聞いてみたいな。  と、思うのであった。 ・村の広場 ここは村の広場だ。  12、3人ぐらいの村の男の子たちが剣の稽古をしている。  彼ら未来の戦士たちが持って稽古している剣は木で出来た練習用の剣だ。  あと何年後かにはこの村を守る勇敢な戦士に育っていることだろう。  そう考えると頼もしく思える。  そういえば、男の子達を指導しているのはノルムさんだ。  ノルムさんは僕に気づき、男の子達に2、3何かを言った後、僕の方に駆け寄って来た。 「どうも。おはよう御座います」 「いや、セレンくんじゃないか。昨日はお疲れだったね」  そう、ノルムさんは僕にねぎらいの言葉をかけてくれた。  ノルムさんはフェネルの兄さんであり、僕の戦士としての先輩だ。  年のころは確か今年で27歳だったと思う。  村の中でも屈強な剣の使い手で、1、2を争うほどの腕前である。  僕も前に何度か手合わせをしてもらっているが、5本に1本も取ることが出来ない。  気質が穏やかな人だけど、実は凄腕の剣士だ。 「昨日フェネルからいろいろ聞かせてもらいました。 セレンくんの剣の上達振りには目が見張るものがありますね。 今から2年後3年後が楽しみです」  といってうんうん1人で頷いているノルムさん。 「それでは私は彼らの訓練をしてあげないといけないのでそろそろ戻ります」 「いえ、こちらこそお忙しいのにわざわざどうもです」 「セレンくん。フェネルのことよろしく頼みましたよ」  ノルムさんはそう言いながら片手を上げて男の子達の方へと戻って行った。  なんか。  いつも思うけど。  マイペースで話しにくい人だな。  う~ん。 ・村の外れ 村と村の外れにある川の中間地点だ。 川に行き来するのに絶対通らないといけない場所だ。 まあ、当たり前の話だけど……。  鍛冶屋の親父さんが水をめえいっぱいいれた釜を担いでこちらに歩いてくる。 「おはよう御座います」 「おう、セレンじゃあねえか。お前とノルムの妹の話は村中で評判だぜ。 お前も立派な戦士に育ったもんだな。少し前まではぴーぴー泣いてたガキだったのによ」  そう言ってがたいのいい体を揺らしながらがははと豪快に笑う。  その震動で釜の水が少し零れ落ちる。  う~ん。  あまりいい言われようじゃないな。  結構当たってたりするけど……。  と少し顔をしかめてみるも鍛冶屋の親父さんはそんなこと気にもとめない。 「おっと水がこぼれちまう。それよりセレン。知ってるか? 古代遺跡の話」 「古代遺跡?」  僕はオウム返しに聞き返した。 「ああ、確か数日前にこの川のちょっと行った上流の方で古代遺跡が見つかったらしい。 なんでも大昔に魔人どもと戦っていた民族の砦跡とか言う話だが」  鍛冶屋の親父さんは話を続ける。 「そこから魔剣と指輪がいくつか見つかったらしいんだよな」 「へ~」  親父さん言う“魔剣”や“指輪”というのは魔法がかかった剣や指輪のことである。  通常、魔剣や指輪は人間には作ることができない。  もっと詳しく言うと作る技術がないといえる。  が、人間以外で魔法のかかった魔剣や指輪を作る技術を有する種族がいる。  その一つに魔人がいる。  魔人たちは自分達の力を強めるために通常の剣よりより切れ味が鋭く、重量が軽い魔剣や  自身の能力を格段に上昇させる指輪を作り出す。  僕らターナの人間がそれら“魔剣”や“指輪”を手に入れるには魔人を倒して手に入れるほか無い。  しかし、魔人が作る魔剣や指輪には呪いがかけられていて、 人間がその魔剣や指輪を使うと呪われてしまうのである。  魔人を倒した英雄が魔人の使っていた魔剣を取り、自分の首を切り落としたという話や、 大切な仲間をその手で切り殺したなんて話は作り話かどうかは別としてよく聞く話だ。  だから、ターナの人々は白魔術により魔剣や指輪の呪いを“解呪”して使用するのだ。  一般的に魔剣や指輪はとんでもなく高価な代物であり、人の多い街などで高値で取引されている。  ゆえに、これら魔人から奪った魔剣や指輪の売買はターナの主な収入源の一つとなっている。 「つまりだ。お前も行ってみたらどうだ? もしかしたら魔剣や指輪のひとつでも見つかるかも知れないってな」  そう言ってまた豪快に笑った。 「まあ、早く帰らないとうちのかあちゃんがうるせえから、とっとと帰るわ。んじゃな」  鍛冶屋の親父さんはそういうと水の入った釜を担いで村の方へと歩いていった。  古代遺跡か……  魔剣とか魔法の指輪とかは結構魅力的かもしれないよな。  フェネルを誘って行ってみるのもいいかも知れない。 ・村外れの川 村外れに位置する川。 基本的に飲料水以外の生活用水は村はずれの川の水を使うことになっている。 生活には欠かせない川だ。  長い銀髪の娘が川で洗濯をしている。  フェネルだ。  僕は近づいて行って「やあ」、と彼女に声をかけた。 「あ、セレンさん」  僕に気づいたフェネルは洗っていた服を桶にもどし、こちらに向き直った。 「おはよう御座います」  そう言って丁寧に挨拶をする。 「昨日は、大変でしたね」 「うん、そうだね……でも」  そう言って僕は目を閉じる。  瞼の裏に昨日の生々しい光景が映し出される。  魔物たちの死骸。  魔人が不気味に笑う顔。  飛び散る血。  そして、今でも手に残る肉と骨を断ち切るあの感触。  思い出してもあまり気持ちのいいものじゃない。  たぶんフェネルも同じような感じなのだろうな。 「……でも、ターナで暮らしていく上では避けて通れないことなんだよね。たぶん」  魔人との戦いは父さんやじいちゃんの代から。  いや、もっと前のひいじいちゃんやひいひいじいちゃんの代……  はるか昔からターナの人々がくぐり抜けてきた試練なのだ。  それは自分達がこの地で生き残るために自然に行われるようになった生存競争なのだろう。  果たして自分はこの生存競争に生き残れるのだろうか?  この娘を。  フェネルを守り通すことは出来るのか?  そんなことをボーっと考えながら川べりを眺めていた。  そんな僕を見てかフェネルも僕と同じように川べりを眺めている。  一体何を考えているのか判らない不思議な娘だ。  フェネルに初めて会った時。  僕は彼女に対してそんな感想を抱いた。  始めて会ったのは10歳ぐらいの時だろうか。  彼女の銀色の髪がやけに印象的だった。  ターナの人々は黒い髪、黒い瞳の民族だ。  だから、フェネルは明らかに違っていた。  このターナ地方の生まれではないのだ。  もちろん、彼女の兄であるノルムさんとは僕とミーシャのように血のつながりはない。  子供の頃の僕とフェネルはあまり親しくなかった。  でも、フェネルはミーシャとは凄く仲がよかった。  だから、そのつながりで何度か遊んだことがあるような気がする。  その時のことはあまり……  よく覚えていない。 「何を……考えているんですか?」  不意にフェネルが口を開いた。  僕は思っていたことを正直に答える。 「僕が10歳の頃この村に引き取られた時のこと。 その時フェネルってどんな子だったかなーって考えてた」  でも実はよく覚えてはいないんだよね、とは口に出さなかった。 「そういえば……」  そう言って僕は話題を変えることにした。 「鍛冶屋の親父さんから聞いたんだけど。最近見つかった古代遺跡の話って知ってる?」 「ええ。兄さんから話だけは聞きました。 大昔に……魔人と戦っていた人々の砦跡だって兄さんは言ってましたけど」 フェネルは一言一言を思い出すようにして口に出していく。 「聞いたと思うけどそこからいくつかの魔剣と指輪が見つかったらしいんだ。 もしかしたらまだそういう魔法の品があるかもしれない。 そこに行ってみないか?」  僕がこんな風にフェネルを誘うのは初めてかもしれない。  フェネルは顎に手を当てて少し考えた後、 「はい、わかりました。 もう少しで洗濯物が片付くんでセレンさんの家で待っていてください。 準備してすぐに行きます」 と返事した。 「うん、じゃあ家で待っているよ。まあそんなに急がなくていいからゆっくりと来てよ」 「はい」  彼女は再び川で洗濯をし始める。  僕はフェネルの邪魔をしてはいけないと思い、その場を離れた。 ・ミーシャとセレンの家  家に帰るとミーシャが竃(かまど)でコトコトと何かを煮詰めている。  部屋の中はなんともいえない薬っぽい独特な匂いで満たされていた。 「あら、おかえり」  ミーシャは腕でおでこの汗を拭いながらこちらを向いた。  見れば机の上には乾燥した木や葉っぱなどが丁寧に並べて置かれている。 「何作ってるの?」 「霊薬よ。霊薬。ノルムさんにストックが無くなったんで10程作るように頼まれたのよ」  そう言ってミーシャは手帳を広げながら答えた。  霊薬とはターナの人々が昔から伝え、製造してきた独特の方法で作られる液体状の薬だ。  作り方は良く知らないが、何種類かの薬草などの草を煮詰めて白魔術をかけながら作るのだそうだ。  が、その製造方法は難しくこの村に住む白魔法使いの三分の一も その霊薬を作ることは出来ないのだそうだ。  昨日僕らが魔人を倒すのに使った“治癒の霊薬”もミーシャが作ってくれたものである。  僕はベットに腰掛けて遺跡に行くための準備を始めた。  今来ている服を脱ぎ捨てて、戦闘用の厚手の服に着替え始める。 「あら、これからどこか行くの?」  着替えている僕を見てミーシャが声をかけてきた。  僕は着替えながら答える。 「村の近くに古代遺跡が見つかったんだってさ」 「古代遺跡?」  首を傾げて聞き返すミーシャに僕は鍛冶屋の親父さんから聞いたことや フェネルとこれからそこに行くことを掻い摘んで話した。 「やるわね。セレン」  話を聞いたミーシャの第一声はそれだった。 「何がだよ?」 「まあ、いいわ。魔剣とか手に入れなくてもいいから死んでくるようなことだけは勘弁してよね」  ミーシャは冗談半分にそんなことを言う。 「縁起でもない。冗談でもそんなことは言わないでよ」  僕はそう返した。  服を着替えてから部屋の隅に転がしてあった硬皮の鎧と大剣を取り出した。  ブーツを履き、すね当て、胸当て、篭手、と順番に丁寧に体に取り付けてゆく。 「セレンも随分と鎧が似合うようなったわね。もう一人前の戦士ね」  鎧を順番につけていく僕を見てか、ミーシャはそんな感想を漏らした。 「本当はこういう格好。あまり好きじゃあないんだよね」 「なんでよ? やっぱり魔人と戦うのは怖い?」 「う~ん。……重いんだよね、これ」  僕の答えにあきれるミーシャ。  眉にしわを寄せて、ぽりぽりと頭を書いている。  本当は嘘だ。  鎧が重たいのなんてもう慣れた。  本当の理由は……別にある。  でも、それを言ったらターナの戦士としてやっていけないように思えた。 「姉としてはもっと弟にしっかりして欲しいという願望があるのだけど」 「なるべく善処するようにするよ」  鎧を全て着け終わる。  その時。  戸がノックされた。  こんにちわ、と戸越しにフェネルの声が聞こえる。 「あー、いいよ。入って入って」  招き入れるミーシャ。  白い長衣に自分の背丈ほどもある長い木の杖を持ったフェネルが現れた。  最近になって見慣れた彼女のその姿。  フェネルが今している格好はターナの白魔法の使い手が魔人と戦う時にする標準的な格好である。  その姿から近隣の人々からは“白き魔女”と呼ばれている。 「フェネルも随分とその格好が似合うようになったわね」  ミーシャが僕に言ったのと同じような台詞をフェネルにもする。 「ミーシャだってこの格好似合っていたよ」  フェネルは口に手を当てながらそう答える。 「まあね。でも最近あたしは霊薬作り専門って感じだからね~」 といってミーシャは机の上の乾燥した草を竃(かまど)の上にある鍋に入れ、 棒でかき回した。  村には守護者を従え魔人と戦うのとは別に、戦いに必要な霊薬を作るのを専業とした 白魔法使いが何人かいる。  ミーシャもその一人だ。  だから、ミーシャに従えるべき守護者はいない。  よほど人手が足りない時は別として、ミーシャが魔人との戦闘に出ることはまれである。  僕はマントを羽織った。  大剣持ち、背負い袋をかつぐ。  この袋の中には干し肉などの保存食や水。  ミーシャの作った霊薬や応急処置に必要な道具など魔人との戦いに必要なものがつまっている。 「準備もできたし、そろそろ行くよ」  僕はミーシャにそう言った。 「まー、気をつけて行っておいで。フェネル、セレンのことよろしくたのむわ」 「うん。頑張ってくるね」 「んじゃあ、行ってきます」  準備のできた僕らは村外れの川の上流に発見されたという古代遺跡を目指して 出発するのだった。 ----------------------------クエストモード2 「ねえ、セレンさん」 「ん?」  先頭を歩いていた僕は、振り返ってフェネルに顔を向ける。 「この川を上流の方に歩いていけば、目的の遺跡に着くはずです。 でも。途中で魔人や魔物たちとの戦いになるかもしれません。 気をつけていかないと……」 「おーけー。大丈夫さ」  少し不安げなフェネルに、僕は笑って答える。 「それにもし、魔人が現れても……」 1.また、僕が守ってあげるよ 2.僕には優秀な“白き魔女”がいてくれるから安心だよ 「また、僕が守ってあげるよ」 「その時は、宜しくお願いしますね」  フェネルは頬を赤く染めて、少し照れながら、僕の言葉に答える。  そんなフェネルの振る舞いに。  僕は。  なんか、いつもとは違った印象を彼女から受けた。  なんだろう?  この感じは。 「セレンさん?」  フェネルが、心配げな顔をして僕に呼びかける。 「どうしたんですか? なんかぼーっとしちゃって」 「いや、なんでもない。少し、考え事」 「そろそろ、行きましょ」 「うん、そうだね」  そして、僕とフェネルは川の上流へと歩を進める。 「僕には優秀な“白き魔女”がいてくれるから安心だよ」 「いえ、そんな……」  フェネルは少し俯き加減に、そう答える。 「わたし、まだまだ未熟な魔法使いです。」 「そんなことないって。 フェネルがいてくれたから昨日の魔人との戦いも勝つことができた。 フェネルなしに、昨日の勝利はありえなかった」  僕はぽんと、軽くフェネルの肩をたたく。 「もうちょい、自信をもってよ。君は僕の相棒なんだから」 「うん」  僕の言葉に、フェネルはこくりと頷いた。 「さあ、行こう」 「はい」  そして、僕とフェネルは川の上流へと歩を進める。 「きれいな眺め。こんな真近で見るの、はじめてなんです」  目の前の流れ落ちる滝を、食い入るように見つめるフェネル。 「遠くからなら、村からでも見えるんだけどね」  僕は、崖から流れ落ちる滝を見上げる。  暑い日差しの中、全身に降りかかる滝の水しぶきが、とても心地よい。 「ところで、ここからどうやって川の上流に進めばよいのかしら」  滝を見上げている僕に、フェネルが最もな疑問を口にした。 「素手で登るとか……」 「セレンさんならいけるかも。でも、私は無理そうです 」  僕の言葉に、フェネルは苦笑した。 「冗談だって。こんな崖、僕だって上れないよ」  僕は辺りを見回す。 「どっかから迂回して登れないかな……」  崖を登るために、その手段を手分けして探す、僕とフェネル。  しばらくして、フェネルが大声で僕を呼ぶ声が聞こた。 「セレンさん、ここからいけませんか?」  フェネルが見つけたのは、滝から右手の方にかなり離れた、場所であった。  比較的、崖の傾斜が緩やかになっており、崖のおうとつが激しく、 手足をかければ間単に上まで登れそうであった。 「これなら、いけるかな。僕が先に登ってみるから、フェネル後から同じように登ってみてよ」 「わかりました。やってみます」  そして、数分後。  僕らは無事、上に登り終えることができた。 「さあ、先を急ごう」 「はい」  僕らは古代遺跡を目指し、再び歩き続ける。 「ここか」  目の前にはぽっかりと大穴が空いている。 「ここが、魔人と戦っていた大昔の人たちの廃墟……ですか」 「たぶん、ね。ところで、フェネルは冒険は好き?」 「え~っと。どちらかと言うと、好きなほうかな」  フェネルは顎に手をあて、考えるように、答えを口にする。 「ミーシャは、こういうところ、大好きなんだよね」  そう。  僕の姉である、あのお転婆な娘は、冒険が大好きなのである。  子供の頃、何度ミーシャの“冒険”に付き合わされたことか。  そして、最近はさほどでもないにしろ、 以前は毎日のように彼女は「世界中を駆け巡って、夢あふれ、胸躍るような刺激的な冒険がしたい」 と口癖のように言っていたのである。 「ミーシャの夢って、“夢とロマンを追い求める冒険者”だから」  フェネルは笑みを浮かべて、僕に言う。 「まあ、残念ながら、当のミーシャはいないけど」  僕は、ぽっかりと空いた暗闇を見つめる。 「それじゃあ、そろそろ行こうか」  僕の言葉にフェネルは頷いた。  奥にまっすぐと伸びる通路が続いている。  その先は、暗闇に覆われており、ここからではどうなっているのかは確認できない。 「思ったよりも、ちゃんとした通路なんですね」  横の壁に手をついて、フェネルは感心したように言う。 「一体どれぐらい前に、作られたものなんだろう」 「兄さんは、大昔、魔人と戦っていた民族の砦後だって、言ってましたけど」 「ふ~ん。まあ、ここで、話していても進まないし。とりあえず、奥に進んでみるか」  目の前に、大きな扉がある。  それと、右の方には、奥に続く通路が続いているが……  さて、どうしたものか。 「セレンさん。これ、開かないのかな?」 「開けてみようか?」  僕は扉に両手をつき、力いっぱい押す。  しかし、扉はびくともしない。 「……ちょっと僕の力じゃ、無理みたいだ。以外に引いてみたら、簡単に開いたりして」 「それは、無理よ。だって、その扉、取っ手がどこにもないもの」 「開かないとなると、どうしても、開けてみたくなるよな」 「とりあえず、ここは置いておいて、先へ進みませんか?」 「残念だけど、そうするしかないかもね」  僕はフェネルの提案に従うことにした。  扉はどんなに力をこめて、押しても開かない。  とりあえず、フェネルの言う通り奥に進むのがよいのだろうか。  闇の中に黒い影が浮かび上がる。  僕らが、よく知っているシルエットだ。  どうやら、そいつは僕らの存在にすでに気づいているようであった。  赤い4つの光が、じっとこちらを見つめている。  フェネルの息を飲む音が聞こえる。  僕は、無言で鞘から剣を引き抜いた。 「なんで、こんなところに魔人がいるんだ?」 「さあ。でもここってターナの村の近くだから。 いても不思議はないと思うんだけど」 「まあ、いいや。それにしてもここで行き止まりか。 なんか期待してきたのに、何にもないんだな」 「残念ですね」  しょうがない。  僕らは今、来た道を引き返すことにした。 「フェネル、これ一体なんだと思う?」  僕は傍らの壁を指差して、フェネルに呼びかける。 「何かあったの?」 「さっきと通ったときは気づかなかったんだけど……」  フェネルは僕の傍らにすわりこむ。  フェネルの灯す、魔法の明かりに照らされた壁には、人の手のひら程の大きさの、金属のプレートがはめ込まれていた。  その、壁にはめ込まれた金属板には何か不思議な模様が、びっしりと刻まれている。 「これって、文字に似てるよね。大昔のここの住人だった人が書いたのかな?」 「すごい、セレンさん。これ、“白き言葉”だわ」 「白き言葉?」  フェネルの意外な反応に、僕は顔をしかめる。 「うん。私、子供の頃に、おばあちゃんに習ったことがあるの。 “白き言葉”って言われるすごく昔の言葉。 ターナの白魔法使い達の中でも、読める人はほとんどいない位、忘れ去られた昔の言葉なのだけど。 何でも大昔に、天の使いが人々に与えたとされる神聖な言葉なんですって」  フェネルは嬉しそうに、僕に説明する。 「もしかして、フェネル。それ読めたりするの?」 「う~ん。小さい頃に習ったんですけど……」  そう言って、フェネルは“白き言葉”の解読を始める。  そして、しばらく、ゆっくりとした時間が流れる。  僕は特にやることもなく、地べたに座り込み、フェネルの様子を眺めていた。  彼女は時折、難しい顔しながらも、石の壁に刻み込まれた真剣な眼差しで見ている。  しばらくして。 「書いてある内容がなんとなく、わかりました。」 「本当!? すごいじゃない」  フェネルの言葉に、僕は感嘆の声を上げる。 「で、何について書いてあるの?」 「どうやら、あの扉の開け方についての記述だったみたいです。あの扉、魔法で鍵が施されていたみたいですね」 「へ~。魔法で、鍵ね。なんか大切なものでも、入れていたのかな」 「さあ、そこまではわからないんですけど」 「それで、どうやってあの扉を開けるの?」 「扉の前で、ある言葉を唱えると、扉は開くそうです。 その言葉は……ソラウ……クラス」  僕は顔をしかめた。  どこかで、聞いたことのある単語だ。  そう。  昨日の夜、僕らが倒した魔人が言った言葉だ。  まさか、こんなところで聞くとは思いもよらなかった。 「ねえ、フェネル。“ソラウクラス”って何のことだか知ってる?」 「え? 聞いたことないけど」 「そうなんだ……」  僕は思考をめぐらす。  ソラウクラス。  一体、どんな意味を持つ言葉なのだろう。  いや、何を指す言葉なのか、と言ったほうがいいのかも知れない。  あの時。  死を間際にした魔人はこう言ったのだ。  「ミツケタゾ、ソラウクラス」と。  あれは、明らかに僕らに対して言った言葉だ。  一体何を意図して、奴はわざわざ、僕らにわかるように“僕らの言葉”でそんなことを言ったのだろうか。  そもそも、魔人が人間の言葉を喋るなんて、今まで聞いたことがない。  考えれば、考えるほど、疑問は増すばかりだ。 「セレンさん?」  そんな僕を見てか、フェネルが控えめに僕に声をかける。 「どうしたんですか? そんな難しい顔をして?」  どうやら、僕は気づかないうちに随分と難しい顔をしていたらしい。 「いや、どうしたって程のことでもないけど。少し考え事をしていたんだ。それよりも……」  僕は、暗闇の中のフェネルに向かって、言葉を続ける。 「せっかく、あの扉の開け方がわかったんじゃないか。中に何が入っているのか確かめに行こうよ」 「そうですね……」  フェネルは少し、納得のいかない顔で僕の言葉に応じるのであった。  あの扉の前。 「フェネル、例の言葉。言ってみてよ」 「はい」  フェネルは答え、一回深呼吸をしたあと“ソラウクラス”と静かな声で唱える。  辺りに、フェネルの声が静かに響き渡る。  それ以外、別段変わった様子はない。 「これで、扉の鍵が外れたのかな」  僕は、扉に両の手をあてて、力いっぱい扉を通す。  すると……  軋んだ音を立てて、ゆっくりと扉が開いていく。  中から、ほこりっぽい匂いがする。 「開きましたね」 「開くもんなんだね。驚いたよ」  ただ、言葉を唱えるだけで、開かなかった扉が開くという非日常的な出来事に、 僕とフェネルは素直に感心した。 「さて、これで奥に進めるようになったわけだ」 「セレンさん、中に入ってみましょう」  中は部屋のような空間であった。  部屋の中は、古びた木の棚がならび、そこに錆びた剣や鎧が分厚いほこりと共に置かれていた。  僕は慎重な足取りで、部屋の中央へと歩み寄る。  随分と厚くほこりが積もっていたために、床には足跡が、残される。 「ここって、何なんでしょうね」  いまだ、部屋の入り口にたたずんでいるフェネルが口を開く。  僕は手じかにあった棚から、古びた一振りの剣を持ち上げた。  刀身は、赤錆びていて、とてもじゃないが、使えるようなものではなかった。 「おそらく、武器庫かなんかに使われていたんじゃないのかな。ずっと昔に」  僕はそういって、手にもった剣を振り上げた。  そして、風を切る音とともに剣を振り下ろす。 「使えそうなものは……なさそうですね」  フェネルは、手じかにあった古びた武具を眺めて、感想を漏らす。 「まあ、この中にもしかしたら魔剣があるかもしれない。探してみる価値はあるかも」  僕はそう言って、手にもった剣を床に投げ捨てた。  錆びた剣は鈍い音を立てて、ほこりの積もった床に転がる。 「とりあえず、手分けして、なんか使えそうなものはないか調べてみよ」 「はい、わかりました」  それから、数刻。  僕とフェネルは暗い部屋の中、誇りまみれになりながら、部屋の中を物色してまわった。  しかし、部屋の中にあったほとんどの武具は錆びて使えないものばかりだった。  それでも、少しは収穫があった。  フェネルが見つけた、一振りの大剣。  剣に積もっていたほこりを拭き取ると、白銀の輝きを持つ刀身が姿をあらわした。 「魔力を持つ剣は決して、朽ちることはないそうです。 決して折れることもなく、その切れ味も半永久的に落ちることがないって聞いたことがあります」  フェネルが、魔剣に関する知識を披露する。  僕は、魔剣を持ち、二、三度素振りをしてみる。  僕が使っている剣よりも、心なしか、軽いような気がする。  もしかして、それも魔剣の恩恵なのだろうか。  それと、魔法の指輪を二つ見つけた。  魔法の指輪は身につけると、身に付けたのものの能力を向上させる力を秘めている。  しかし、片方の手に1つしか身に付けることができず、一人あたり二つの指輪しか身につけることはできない。  よくは知らないが、魔法の指輪を片方の手に2つ以上身に付けると、互いの指輪の距離が近すぎるのが原因となり、 指輪の魔力が相互干渉を引き起こして、指輪の効果を打ち消してしまうのだそうだ。 「とりあえず、収穫あったし。そろそろ、村に帰ろうか」  僕は、誇りまみれの大剣を背負い、フェネルに呼びかける。  そんな僕の言葉に、フェネルはそうですね、と笑って、頷いて見せた。 セレンたちは ☆名も無き魔剣を手に入れた。 ☆の指輪を手に入れた。 ☆の指輪を手に入れた。 「おっかえり~」  家に帰ると、ミーシャが元気よく出迎えてくれた。  そして、僕たちを見るや否や顔をしかめる。 「あんた達、何その格好。ほこりまみれじゃない」 「まあね」  僕はそう言って床にどっかりと腰を下ろす。 「セレン! そんな汚い格好で床に座らないでよ。今日、掃除したばかりなんだからね」 「あ~、疲れた」 「もう、本当にしょうがないんだから」  ミーシャは呆れたように、僕を見下ろす。 「で、フェネル。なにか収穫はあったの?」  ミーシャは僕に話し掛けるのをやめ、戸口に立っているフェネルに話しかける。  フェネルは僕が、床に投げ出したほこりまみれの剣を見ながら、口を開く。 「あの剣一振りと、魔法の指輪が二つが収穫といえば、収穫なんだけどね」 「少ないわねー。まあ、無いよりはましよね」  ミーシャの言葉に、フェネルは苦笑する。 「じゃあ、わたしはそろそろ、失礼します」 「ねえ、フェネル。今、食事作っていたんだけど、せっかくだから一緒に食べていかない?」  ミーシャの誘いにフェネルは少し考えた後、 「たぶん、家で兄さんが食事を作っていてくれてると思うの。だからちょっと今日は遠慮しておく」 「残念ねー。ねぇ、セレン。そう思わない」  なぜか、突然僕に話を振るミーシャ。  僕は…… 1.別に、残念でも何でも無いけど…… 2.うん、すごく残念だ 「別に、残念でも何でも無いけど……」 「セレン、最近あんた可愛げがないわよ。もしかして反抗期かしら」 「反抗期だなんてやめてよ。もう、まるで僕が子供みたいじゃないか」  しかし、僕の反論にミーシャは、 「ああ~。私の育て方が至らないばかりに、こんなくそ生意気なことを言うようになって……うるうる」  と泣く振りをしだした。 「まあまあ、ミーシャ。もうすぐ成人の儀式もあるし、セレンさんの反抗期も時期に終わるわよ」  そんなミーシャを笑いながら、慰めるフェネル。  僕としては、なんだかすごく勘弁して欲しいとか思う今日この頃であった。 「うん、すごく残念だ」 「そうそう、残念よねー。ほら、セレンもフェネルと一緒にご飯が食べたいって言ってるし」  そんな、僕とミーシャの言葉に困ったような表情を浮かべるフェネル。 「まあ、しょうが無いわね。近いうちにでもノルムさんもつれて、一緒に食事でもしましょう」  ミーシャはそう言って、意味ありげにフェネルに軽く片目をつぶって見せる。 「……うん」  フェネルはそれだけを言うと、軽い別れの挨拶の後、自分の家へと帰っていった。 「もう、恥ずかしがりやなんだから……」  フェネルが帰った後のミーシャがもらした小さな呟きに、僕は首を傾げる事しかできなかった。 ----------------------------シーン7  寒い。  吐く息が白い。  手がかじかむ。  寒いのは苦手なんだよね。  暑いのは、いくらでも耐えられる自身はあるけど。  僕はそんなことを呟きながら、目の前で赤く燃えている焚き火に手をかざす。  辺りは暗く、とても静かだった。  村の家々から漏れる光も、もうない。  村の皆も、寝静まっている頃のはずだ。  夜空を見上げると、丸い月が見えた。  綺麗な満月だ。  ターナでは村の守り神とされている“月と静寂を司る天使”を、月として崇める風習がある。  遥かなる昔、月と静寂の天使は、月よりこの地に降り立ち魔人を倒すために 人々に白魔術を授けたと言われている。  その末裔が現在のターナの民だという話だ。  もちろんそれはこの村に伝わるおとぎ話の一つだ。  真に信じてるものなどはいないのだが。  だが、たまに魔人たちのことを考えると、人に味方してくれる天使や神様の一人ぐらいいてもいいではないか。  そう思うことがある。  ふとその時背後に気配を感じる。  誰かが。  いや何かがゆっくりとこちらに近づいてくる。  気の抜けていた体が一気に緊張した。  全身の筋肉が引き締まる。  まるであの時の。  魔人と相対した時のように。  かたわらに置いておいた、抜き身の魔剣を手に取ろうとしたその時。 「セレンさん」  と聞きなれた声がした。 「フェネル……か」  剣の柄に伸ばしていた手を引っ込め、フェネルの方に顔だけを振り向かせる。  暗い闇の中に彼女の白い肌が焚き火の火に照らされ浮かび上がる。 「寒いから、焚き火にあたりなよ」  そう言って、僕はフェネルに火にあたるように勧めた。  フェネルはこんな夜更けに、何故こんな所に来たのだろう?  ふと、そんな疑問が頭をよぎる。  彼女は遠慮がちに僕の隣にきて火にあたる。 「こんなに寒いのに。セレンさん、見張り大変ですね」  フェネルは赤々と燃える焚き火を見つめている。  ターナではいつ魔人の襲撃を受けても対応できるように、常に昼であろうと夜であろうと村の あちこちに、戦士の見張りを立てている。  こんな寒い夜でも、この村では常に十人前後の戦士が各々の場所で、いつ魔人に襲われても 対処できるよう、見張りについているのだ。 「本音を言うと、寒いのは嫌いなんだけど」  僕は火に薪をくべた。 「でも、もう慣れたかな。僕らがここで生きてくためには誰かがやんなきゃいけないことだろうしね」  真っ暗な夜の闇。  パチパチと火のはぜる音だけがする。 「セレンさん、前から一度聞いてみたいことがあったんですけど……」  フェネルが控えめに尋ねてきた。 「なに?」 「セレンさんはこの村の生まれではないんですよね」 「うん。まあね」  僕は言葉を続ける。 「セリディアって名前の街がターナのずっと南にあるんだけど。 僕はそのセリディアで生まて、十歳になるまでそこで育ったんだ」  そう言って、僕は夜空を見上げた。  随分と昔の話だ。  実のところ、セリディアにいた頃のことはあまり覚えてない。  小さな時のことだったからだろうか。  それとも。  嫌なことばかりがあったからだろうか。  もしそうだとしたら。  だからあそこにいた時のことを、都合よく忘れてしまうのだろうか。  赤々と燃えている炎の一点を見つめながらそんなことを考えていると、 「もしよれば。そのセリディアにいた頃のセレンさんの話を聞いてもいいですか?」  と、フェネルはそう言って僕の顔を覗き込んだ。 「別にいいけど……」  いつもなら昔のことなんて話さないし、思い出しもしない。  ミーシャにだって、そんなに話したことはない。  でも、今は。  今なら話してもいいかなと。  その時は何故かそう思った。  僕はセリディアの、ファインリヒ家っていう、貴族の家に生まれたんだ。  セリディアは、魔術が盛んな街で、僕の生まれたファインリヒ家も、魔法使いの名家だった。  僕の父さんは、ターナの出身の戦士だったけど剣の腕一つで、セリディアの騎士になった人だった。  そしてその時に、ファインリヒ家の母さんと出会って結婚したらしいんだ。  僕には二つ年下のの妹がいた。  クレナって名前の妹だ。  そして。  母さんはクレナを生むのと同時に、亡くなってしまったらしいというのを、随分と後から聞かされた。  魔法使いの名家であったファインリヒ家で、母親を失った僕らは、優れた魔法使いであることを強要された。  子供の頃から魔術の学院に入れられ、魔術についての猛勉強をさせられた記憶があるよ。  でも……  魔術の腕は後天的なものよりも、先天的な才能で、ほとんどが決まる。  どうやら僕には、魔術の才は、全く無かったみたいだった。  それとは反対に妹のクレナの方は、魔術の知識をどんどんと吸収してゆき、 周りの大人たちに、神童と呼ばれるまでになった。  クレナはファインリヒ家の人から随分と可愛がられたけど、 魔術の使えない僕は疎んじられた。  だから、父さんはそんな僕に剣を教えてくれた。  父さんのその圧倒的な強さは、騎士団の中でも随一だった。  でも。  僕が十歳の時に、父さんは騎士団から、追放されてしまったんだ。  後で聞いた話だと、騎士団に対する裏切り行為を働いたという話を、人づてに聞いたけど。  それが何なのかは、くわしく判らなかった。  僕には、居場所がなくなった。  だから、誰かの計らいかはしらないけど、僕はこの父さんの故郷だったこのターナに 引き取られることになったんだ。  そこまで一気に話して、僕はゆっくりと夜の冷たい空気を吸い込んだ。 「まあ、そんな感じ。あまり面白みのない話だけど。 でも。 僕はこのターナにきて、本当に良かったと思っているんだ。 じいちゃんは僕のことを、この上なく可愛がってくれたし、 フェネルやミーシャに、出会うことができたのだから」  そう言って、僕はフェネルの顔色をうかがった。  彼女はただ赤々と燃えつづける焚き火の炎を、見つづけたままだった。  そして。 「ありがとう。セレンさん。そんな大事な話を」  とかすれた声で言った。  僕は夜空を見上げた。月がさっきあった場所よりも、随分と傾いている。 「随分と長話をしてしまったようだ。フェネル、もう寝なよ。体冷えるよ」  そう言って僕は、彼女にもう寝るように促す。 「セレンさん、わたし」  フェネルはそこまで言って立ち上がった。 「わたし、まだまだ未熟な白魔法使いでセレンさんに迷惑をかけてしまうときもあるけれど。 頑張って、セレンさんを助けれられるような立派な“白き魔女”になります」  そして。 「それじゃあ、おやすみなさい」  といって小走りに駈けて行った。  その後ろ姿を見ながら僕は 「僕も彼女に負けないように立派な“守護者”にならないとな」  と呟くのだった。 ----------------------------シーン8 「こらーー、セ・レ・ン! 起きろーーーーー!!!」  朝っぱらから、頭の上でうるさい声が響いている。  眠い。  もう少し眠らせてくれ。  と心の中で呟く。  だが、無理だ。  いつものことだ。  この僕のささやかな願いは、いつも叶うことはない。  布団が剥ぎ取られる。  寒い…… 「ほら、いつまで寝てる気よ! もうじき昼になるんだからね」  弟思いの姉なら、もう少し優しくしてくれてもいいと思うんだけど。  心の中で言うことは出来ても、口に出して言うことは出来ない。  なんか悲しい……  しょうがないので、薄目を開ける。  ミーシャの顔らしきものがぼやけて見える。 「早く起きなさい! 今日はセレンに頼みたいことがあるんだからね」  今日の朝方まで、村の見張りの当番だったのだ。  眠い。  ものすごく眠い。  僕は再び瞼を閉じ、眠りについた。  が、そんなのは無駄な抵抗だったのかもしれない。  数十分後。  僕は半分寝ぼけながら椅子に座らされていた。  机の上には、昨日夕食の残りのパンとスープが用意されていた。  目の前には、ミーシャがいる。 「早く食べなさい。それ食べたら出かけるわよ」  と、ミーシャは言った。  寝起きは食欲がわかない。  とか、思いつつパンを手に取った。  かぶりつく。  いつも通りかたいパンだ。  はっきり言って、まずい。  パンを口に含んで、冷たいスープで胃に流し込む。  そんなことを何回か繰り返しつつ、目の前の食事を全て平らげた。 「それじゃあ、セレンさっさと着替えなさい」  僕が食べ終わった食器を、手早く片付けつつミーシャは言った。  そういえば。  どっかへ、出かけるとか言っていたよな。 「ところで、どこへ行くって?」  僕は根本的な質問をミーシャにしてみた。 「霊薬の材料がなくなってしまったのよ。それを取りに行くの。セレンも付き合ってくれるでしょ」 「まあいいけど」 「なら、とっとと着替えなさい。服は全部用意してあるわ」  そして更にまた数十分後。  服も着替えた。  鎧も装備した。  背負い袋に必要なものも全て入れた。  そして、大剣と背負い袋を背負う。 「隊長、準備完了です」  といってミーシャの方をみた。 「よろしい! では、出発ね」  ミーシャはやたらと張り切っているように見える。  そういえば。  ミーシャの服装。  ターナの白魔法使いが魔人と戦う時にする服装。  久しぶりに見るような気がする。 「ところで……」  僕は思っていた疑問を口にした。 「どこへ何を取りに行くつもりなの?」  僕の質問に、ミーシャは天井を見上げ、一つ一つを思い出すように口を開く。 「“レスティリアの花”と言うのが必要なのよね。場所は昨日、セレンが行った古代遺跡、あるでしょ。 あの先に“迷いの森”って呼ばれてる森があるのだけど、その先にレスティリアが咲いているって話」 「ミーシャって、そこに行ったことないの?」 「そう。行くの初めて。まあ知ってる人から行き方だけは教わったから、何とかなるでしょ」  とミーシャは自信ありげに言い放つ。 「あとそれと言い忘れていたけど、その迷いの森って、魔物が結構よくでるんだって。 ということで、心して行かないとね。頼りにしてるわ、セレン」  と言って、ミーシャは僕の方をポンと叩いた。  なんだか先行きが不安だ。  ミーシャって、いつも思うけど。  少し楽観的だよなぁ。 ----------------------------クエストモード3 ・村はずれの川  フェネルが水をなみなみと入れた水桶をもって、こちらに歩いてくる。 「やあ、フェネル~~」  ミーシャが元気よくフェネルに呼びかける。 「ミーシャ。それにセレンさん」  こちらに気づいたフェネルは、僕らに向かいおはよう、と挨拶をした。 「今日は姉弟で、どっかお出かけですか?」 「秘薬の材料のストックが切れてね。取りに行くところなのよ。もしよければフェネルも来る?」  とフェネルを誘うミーシャ。 「う~ん。残念。今日リネートさんに午後から呼ばれているんです」  とフェネルは申し訳なさそうに言った。  リネートさんはターナの村に住む中で、一番の白魔術の使い手であり、 村の白魔法使い達のまとめ役もしている、三十路過ぎの女性だ。  僕はあまり話したことは無いのだが、外見からして、とても聡明な印象のする人である。 「そうか~。しょうがないわね。まあ今日はとりあえず、セレンを借りてくわ。 白魔法使いをどう守ればよいかを、びしばし仕込んどくから。 少しは使えるようにして、かえすわよ」  とミーシャは笑いながらフェネルに言った。 「それじゃあ、期待してます」  フェネルも笑ってそうミーシャに返す。  なんだかな。  僕は二人の会話を苦笑しながら、聞きいていた。 「それじゃあ、またねフェネル」 「うん、またね」  僕らはフェネルと別れた。  眼下には広大な森が広がっている。 「で、目的の材料はこの森を抜けたところにあるの?」 「そうよ」  僕の質問に、ミーシャはうなずく。 「“レスティリアの花畑”はここから“北西の方角”よ。 ここから、“北西”を目指して進めば、着くはずよ」 「なんか迷いそうな予感がしてきた」 「何、弱気なことを言ってるのよ。セレン、あんた誇り高きターナの戦士でしょ」 「そんなこととは関係がないと、思うのだけど……」  ミーシャは一息ついて、まるで頭痛がするかのように、片手でこめかみを抑えた。 「まあ、いいわ。それよりセレン。これ」  といって、ミーシャは背負い袋の中をがさごそと、あさり始める。  そして、ミーシャが取り出したのは、一枚の紙とペンであった。 「はいこれ」  そう言って、その紙とペンを僕に渡す。 「こんなもの、何に使うの?」 「マッピングよ。マッピング。その紙に、通っていったところを書き込んでゆくのよ。 で、簡易的な地図を作るの。それしないと、迷っちゃうでしょ」 「なるほど……」  ミーシャの言葉に、僕は感心して頷く。 「セレンにマッピングは任したわよ。これ、重要任務なんだから」 「了解です、隊長」 「じゃあ、そろそろ行くわよ」 「うん」  僕らはうっそうと茂った森の中に足を踏み入れる。  目的の場所は、ここから“北西”に行ったところにあるらしい。  “マッピング”をして迷わないようにしないと。 「セレン。ここ全く別のところよ。 森を抜けてしまっているじゃない」 「おかしいな~」  ミーシャの言葉に僕は、手元にある紙を覗き込む。  そこには、僕達が通ってきた道筋が書かれている。  ミーシャが横から割り込むように、その地図を見る。 「とりあえず、戻るわよ」 「了解」 ----------------------------シーン9  森を抜けると。  そこには、目の前一面に白い花畑が広がっていた。 「これが、レスティリアの花?」  僕は呟く。 「や~~っと、着いたわね。ここに来るまで長かったわ」  そう言って地面にどっかりと座り込むミーシャ。 「凄く綺麗な光景だね」 「本当ね。霊薬にするのがもったいないくらいだわ」  辺り一面に広がる白い花。  太陽の光を照り返して、一面に広がる白い色が、まぶしく感じられる。  そよ風が吹き抜け、白い花々は小刻みにざわめく。 「ねえ、セレン」  ミーシャはそよ風に揺れる、綺麗な黒髪を右手で掻きあげた。 「レスティリアの花はね、永久花の代名詞として有名なの」 「永久花?」  聞きなれない言葉に僕は聞き返す。 「そう。一度咲くと決して、枯れることのない花。 季節が冬になっても、その綺麗な白い花を咲かせているそうよ」 「へ~、なんか凄い花なんだね」  ミーシャの知識に素直に感心する。 「でもね。この花は決して枯れないということと引き換えに、 自分の力で種子を残すことは、出来ないそうよ」  ミーシャは少し、うつむき加減に話す。 「それって、どうゆう事?」 「つまり、私たちが霊薬を作るためにここにある花を抜いたら、もうここにこの花は咲かない。 種子を残すことが出来ない花だから、自分達で増えることはないのよ」 「それじゃあ、この花はどうやって子孫を残しているんだろう?」 「う~ん。判らないわ。まだ永久花の生態は完全には解明されていないの。 でも、この花は昔からこの地方だけに咲き、薬とされて代々ターナの人々を守ってきた。 だから霊薬作りの白魔法使い達は、この花を“月と静寂の天使からの贈り物”と呼んで、 感謝の意を表しているんだって」 「天使からの贈り物か。なんかいい話だね。」  普段何気なく使ってる霊薬にも、裏にそんな話があったのか。  なんか、使うのがもったいなくなるな。  と、すぐに感じるのは僕の悪いところか。  それにしても綺麗な光景だ。 「この光景をフェネルにも見せてみたいな」  たぶん。  いや、きっと。  彼女なら喜んでくれるはずだ。 「へー、関心関心。セレンでもそう思うときもあるんだ」  ミーシャはそう言って僕を茶化す。 「そういえば、セレン。前から一回聞いてみたいことがあったのだけど」 「なに?」  言いながら、僕はミーシャの隣に腰をおろした。  ミーシャは少し考えるようなしぐさをした後、ゆっくりと口を開いた。 「セレンの初恋の人って、どんな人だったの?」  いきなりな質問に僕はミーシャのほうを振り向く。 「なんだよ。それ」 「いいじゃない。姉として弟の初恋の人ぐらい、知ってたって」 「……まあ別にいいけど」 「んで、誰なのよ。どんな人だったの?」  と、興味津々に聞いてくるミーシャ 「セリディアに住んでいた頃に、同じ魔術の学院に通ってた子。 確か、リセリアって名前だったと思うんだけど……」  僕は頭の中の記憶の糸を手繰り寄せながら答える。 「どんな子だったの?」 「よく覚えていないんだよね」 「なんで、自分の初恋の相手のことをよく、覚えてないのよ」 「そんなこと言われたって」  覚えてないものは覚えてない。  正確に言うと忘れた、と言う方が正しいだろう。 「まあ、いいわ。それが、セレンらしいって言えば、セレンらしいし。 でも今でもその子が好きだ……なんてことはないか。忘れてるぐらいだし」 「まあ、そんなところ」  僕はそんなことはどうでもいい、という感じを装ってそう答えた。  実のところはそうじゃない。  たまにふと彼女のことを思い出すことがある。  でも。  よく覚えてないのは本当だった。 「ところで……」 1.もうそろそろ、帰らない? 2.ミーシャはどうだったの? 「もうそろそろ、帰らない?」 「そうね。あまり、ゆっくりしていてもしょうがないし 花を摘み取って、さっさと帰りましょう」 ミーシャは僕の方に振り向いて、明るく笑ってそう言った。 「ミーシャはどうだったの?」 「何が?」 「初恋の話だよ」  僕はミーシャに振られた話の内容をそっくりそのままお返しした。 「それは……」  そう言ってミーシャは、僕の顔をまじまじと眺める。 「なんだよ」 「いや、あなたがどんな顔してそんなこと聞くのかなって。 セレン、昔からそういうこと疎いと思ってたから」 「う~ん。そうだったかな」 「ええ、そうだったわ。 いくら村の娘が、あなたに好意をそれとなく示しているのに、 セレンたら、知らんぷりなんだもの」  ミーシャは少し怒ったような顔をして、話を続ける。 「もう少し、人の気持ちに気づきなさいよ。この鈍感!」 「そこまで、言わなくても……」  なぜ、僕がミーシャにそこまで言われなきゃ、いけないのだろうか。  ちょっと理不尽だ。 「それと、セレン! 私の初恋の相手だけど。 そんなことぐらい、自分の頭で考えなさい!」  それだけ言って彼女は立ち上がった。  なんだか。  めちゃくちゃ、理不尽だ。  なんで、僕がミーシャの初恋の相手を、考えなきゃならないんだ。  僕がミーシャの気に障るようなことを、言ったのだろうか。  なんか、やりきれない。  でも。  ちょっとだけ気になる。  ミーシャの初恋の人ってどんな人だろう。  たぶんターナの人であることに間違いはないんだろうけどな。 「さ、花を摘んで帰るわよ」  ミーシャは僕の方に振り向き見せず、ぶっきらぼうにそう言った。 ---------------------------- この話が終わってフラグ立てる。 家に帰ってミーシャに話して。 休むを選択すると次のシーンにすすむ。 ----------------------------シーン10 「はあ~、疲れた」  ミーシャは着替えた後、ベットの上にどっかりと腰を下ろした。  僕はそんなミーシャを見ながら、大剣の手入れをする。  古代遺跡で見つけた名も無き魔剣。  何百年前に作られたものかは知らないけれど。  悠久の時を経て、あの古代遺跡で僕達に見つけられた魔力を帯びた剣。  その刀身はランプの光を反射して柔らかな光をたたえており、一辺の刃こぼれも無い。  綺麗な剣だ。  以前はどんな人が使っていたのだろう。  ふと、そんなことに思いをはせる。 「セレン」  魔剣に見入っていた僕に、ミーシャは声をかけた。 「今日はありがとう。おかげで助かったわ」 「いや、このぐらいはなんでもないよ」  僕は魔剣を傍らに置いて、答える。 「んじゃあ、次に霊薬の材料が足らなくなってしまった時もセレンに頼むわ」  ミーシャは勢いよくベットから立ち上がる。 「それじゃあ、夕食の準備をするわ。今日は腕によりをかけて作るわよ」  そう言ってミーシャは腕まくりをした。  ミーシャの作る料理は、結構美味い。  と言っても僕はミーシャが作る以外の料理を、あまり食べたことが無いのだけど。 「楽しみにしているよ」  僕は笑いながらそう答えた。  僕とミーシャの夜は、こうして更けてゆく。  魔人との戦いを宿命付けられたこのターナで。  この平和なひと時は、僕にとってとても幸せなものだった。 ----------------------------シーン11  辺りは闇に包まれている。  真っ暗な森の中。  今はただ。  頭上に見える満月の光だけが頼りだった。  体のあちこちが痛む。  魔物の鋭い爪により切り裂かれた傷痕が森を吹き抜ける夜風にしみる。  大剣を持つ腕が重たい。  心臓が張り裂けそうだ。  全身の筋肉が悲鳴を上げている。  体力の限界だった。  でも!  でも、ここで倒れるわけにはいかない。  俺には守らなきゃいけない人。  俺の命と引き換えにでも、絶対に守らなければならない人がいるのだ。  グルルルル……  いやらしい、魔物たちの低い唸り声。  俺の周りを四つの黒い影が囲んでいる。  足元には先刻仕留めた、三つの魔物の死骸が転がっていた。  視界の隅には白い色の長衣を着込んだ女性が、不安げにこちらをみていた。  身長と同じぐらいの長さの、木の杖を右手で持っている。  左手には、剣が握られていた。  黒く長い髪が、夜風になびいていた。  口を開いて、懸命に、俺に何かを伝えようとしていた。  だが、魔物たちの唸り声にかき消され、聞こえない。  そうこうしているうちに俺を取り囲んでいた魔物のうちの一匹。  右正面にいた魔物が跳躍した。  俺の首筋めがけて飛び掛ってくる。  俺は荒い息をしながらも身を屈め、その魔物の攻撃をやり過ごす。  そして、屈んだ状態から一気に前方に突っ込んだ。  両の手で大剣を振り被る。  狙いは左前方。  こちらを威嚇している魔物。  すばやい動作で踏み込み、短い気合の声と共に大剣を、力いっぱい振り下ろした。  その剣速は速く、魔物は避けることさえ許されない。  ごとり、と魔物の首が地面に転がった。  首を失った胴体がゆっくりと崩れ落ちる。  赤い液体が勢いよく吹き出た。  一匹仕留めた。  だが、ゆっくりしている暇は無い。  俺は振り返った。  さっき跳びかかってきた魔物とは別の二匹の魔物が俺を狙って、突っ込んでくる。  どう、迎え撃つ?  心の中でそう自問自答した。  が、答えは出なかった。  しかし、体は自然に動いてくれた。  俺は腰を落として、低い体勢から大剣を正眼に構えた。  大剣を振り被っている余裕はない。  勢いよく突っ込んでくる魔物に狙いをつけ、剣の切っ先を突き出す。  肉に剣が進入していく感触。  そのまま頭から、激しくぶつかってくる黒い獣。  強い衝撃が、俺の体を襲う。  一瞬視界が、真っ暗になる。  足元がふらつく。  だが、こんなところで倒れるわけにはいかない。  俺は顔を上げた。  目の前に、黒い色の鱗に覆われた魔物の背中がぼんやりと見えた。  よく見ると魔物の背中から、剣の切っ先が突き出ている。  剣は、魔物の肩口から背中へと、体を串刺しにしていた。  そして、すぐ。  二匹目の魔物が、突っ込んでくる。  鋭い顎をめえいっぱい上下に開け、俺に噛みかかってきた。  俺は魔物の死骸から、大剣を急いで引き抜くと、その攻撃を避けるべく右に跳んだ。  それと同時に、左腕に激しい激痛が走る。  避けきれなかった。  俺は地面を何回か転がり、そして起き上がった。  頭がフラフラする。  激痛のする左腕は、上腕部の肉がえぐられていた。  俺は腕の痛みに耐えながらも、再び剣を構える。  あと、二匹。  そう呟いた時だった。  甲高い女性の悲鳴があたりに響き渡った。  それは……  それは、俺がよく知っている声だった。  悲鳴はぷっつりと糸が切れたように途中でやんだ。 「……!!!!」  俺はここ数年来、どこに行くにも、何をやるにも一緒だった愛しい恋人の名前を呼んだ。  返事は帰ってこない。  嫌な予感がした。  俺は不安な気分に駆られ、悲鳴のした方に走り出した。  七、八歩ほど行くと。  闇の中に最悪の情景が、浮かび上がった。  人型の黒い巨体がいた。  そいつは……  そいつは、右腕で彼女の首をつかみ、宙に持ち上げていた。  右腕の爪が、彼女の白い首筋に食い込み、そこから真っ赤な血が流れ出ている。  彼女は苦しそうな表情をしながらも、両腕で自分の首を捕らえている魔人の腕をつかみ、それから必死に逃れようとしていた。  だが、それが無理なのは明白だった。  彼女の白く、細い腕では、魔人から逃れることはまず無理であった。  しかし、彼女はそれでも足掻きつづけた。  待っていろ!!  今助け出してやる!!!  俺は必死になっていた。  早く。  早く助け出さなければ、彼女は殺されてしまう。  彼女が死んでしまう。  そんなのは!!  そんなのは絶対に嫌だ!!!  剣を構えて、魔人に切りかかろうとした。  今すぐに。  今すぐに、その汚らわしい右腕を切り落としてやる!!!  その時、右足の太股に激痛が走った。  その激痛に、思わず片膝をつく。  右足の太股には、魔物の顎が深く食い込んでいた。  目の前の状況に、我を忘れていた俺は。  明らかに、油断していた。  魔物は、その太い四本足で地に踏ん張り、太股の肉を食いちぎろうと足に食らいついたまま、首を左右に激しく振った。  魔物が首を振るたびに、この世のものとは思えない激しい激痛が走る。  右足が根元から、もげてしまいそうだった。  ついで左腕の上腕部にも激痛が走った。  残っていたもう一匹の魔物だった。  食らいつかれた足と腕の痛みで頭が狂いそうになる。  俺は。  俺は、彼女を助けたいんだ。  邪魔を。  邪魔をするな!!!  俺は左腕に食いついた魔物を振り放そうと、無茶苦茶に腕を振り回した。  しかし、鋭い顎で腕に深く食いついた魔物は、決して離れようとはしない。  左腕と右足の感覚は、もうほとんどなくなっていた。  そんな俺を見てか。  魔人はその醜悪な顔を歪めて、笑っていた。  こちらをまるで、楽しそうな見世物を見るような。  そんな感じで、俺を見ていた。  魔人につかまった彼女は、必死で抵抗を続けていた。  まだ、彼女は生きている。  彼女を助けないと。  俺は一生、後悔することになる。  彼女は俺の命に代えても、守らなければならない。  俺は気力を奮い起こして、左腕に食いついている魔物を見た。  鼻から、荒い息を吐いている。  闇の中で、獰猛な赤い瞳がぎらりと光っていた。  俺は右腕に持っていた、大剣を手から放した。  鈍い音がして、大剣は地面に落ちた。  赤く光る魔物の目。  俺は右手の親指を、左腕に食らいついている魔物の目の中に、突っ込んだ。  親指に冷たい、嫌な感触が伝わってくる。  俺は親指を根元まで、突っ込んだまま、指の関節を曲げて魔物の目の中をえぐり回した。  魔物の口から、耳をつんざくような叫び声が上がる。  左腕に食いついている顎の力が弱まった。  俺は目に指を突っ込んだまま魔物の頭を持ち、地面に叩きつけた。  左腕が自由になった。  しかし、腕の感覚がない。  動かすことさえ出来なかった。  左腕はぶらりと垂れ下がり、魔物の鋭い牙によって穿たれた穴からは、血がとめどもなくと流れ出ていた。  俺はすぐさま右手で大剣を拾い、逆手に持って振り上げた。  そして、太股に食らいついている魔物を、串刺しにする。  同じようにして、目を穿たれて地面でもがいている魔物にも、止めを刺した。  そんな俺を見て、魔人はまた笑った。  ボロボロになっている俺を見て、楽しんでいるように見えた。  助けないと……  俺は、右足を引きずったまま魔人へと近づいて行った。  頭の中が、もうろうとする。  左腕と右足からの出血がひどく、歩いた後の地面には血だまりができた。  魔人はおもむろに、俺の愛しい恋人の首からその腕を放した。  そして。  両腕で彼女の左腕と頭をつかみ、彼女の白くて細い首筋に食らいついた。  骨が砕けるような、鈍く、低い音がした。  肉を食い千切る。  食い千切られた首筋から鮮血が、噴水のように噴出した。  魔人は鮮血を全身に浴びながら、食い千切った肉をごくりと飲み込むと、彼女をまるでぼろ布でも捨てるように、投げ捨てた。  そして。  うっすらと残忍な笑みを浮かべて、巨大な魔剣を構えた。  その時。  俺の中で。  何か大切なものが。  音を立てて、崩れていった。 「よくも! よくも、レティアを!!」  俺は焦点の定まらぬ目で魔人を睨みつけた。  悔しくて、悔しくて。  目から自然と涙が零れ落ちた。  魔人め。  許さない。  絶対に、許さない。  俺は。   残った右腕で大剣を振り被り、魔人に切りかかった。  魔人はその一撃をやすやすと、巨大な剣で受け流した。  そして。  返しの一太刀で、俺の右腕は断ち切られた。  大剣を握ったままの右腕が、宙に弧を描いて飛んだ。  なすすべもない。  魔人はひと笑いすると、俺の胸板に魔剣を突き立てた。  胸に冷たい感触が、ゆっくりと進入してくる。  喉の奥から熱いものがこみ上げてきた。  苦しい。  でも、それ以上に。  悔しかった……  大切な人を。  愛する彼女を。  俺は守ることが出来なかったのだ。  目の前で殺された。  目から止め処も無く、涙があふれ出る。  そして。  俺の意識は深い闇の中に、落ちていった。 ----------------------------シーン12 「セレン。起きなさい」  いつものように、ミーシャの起こす声が聞こえる。  僕はベットの上で、布団に包まりながら、寝返りをうつ。  起きなきゃいけないのは、わかっている。  わかっているのだけど…… 「もう~。昔から変わらないわね」  ミーシャは、呆れたような声を出す。  僕から言わせれば、何で毎日ミーシャがそんなにも、早く起きられるのかが不思議だ。 「ほら、早く起きなさいよ」  と言ってミーシャは僕の布団を、剥ぎ取りにかかる。  嫌だ。  僕の布団を取らないでくれ。  そして。  ささやかな抵抗のあと。  僕の布団は、いつも通り剥ぎ取られてしまった。  寒い……  僕はベットの上で、丸くなる。 「とっとと起きなさい!」  僕は薄目を開けた。  いつも通り、腰に手を当てたミーシャの姿がぼんやりと映る。 「おはよう」  僕はベットの上で丸くなりながら、寝ぼけた声でミーシャにそう言った。  寝巻きのままボーっと、机に向かって座っている。  いつも通り、ミーシャが朝食の準備をしている。  朝食の準備といっても、昨日の残り物だ。  ターナの村では、一日に朝と夕の二回に、食事をとるのが普通だ。  そして、朝の食事は大体前の日の夕食に残ったものを、食べるのが普通である。  つまり、食事を作るのは一日に一回、ということになる。  僕の前に昨日の残り物のパンと、カップに入った冷たいスープが並べられる。  ミーシャは僕の前に座り、いただきますと両手を合わせてから、パンにかぶりついた。  僕も寝ぼけながら、いただきますと言って、いつものようにかたいパンにかじりつく。  かたいパンを食い千切って何回も噛み、冷たいスープで流し込む。  僕は、ミーシャは料理が上手な方だと思う。  だから、スープは冷たくなっても美味しい。  でも。 「作りたてのパンはあんなに美味しいのに、何で時間が立つとこんなにもかたくて、まずくなるんだろう」  僕は、前々から思っていた素朴な疑問を口にしてみた。  するとミーシャは、 「時間が立っても美味しいパンなんて聞いたことないわ。私が作ったパンに不服でもあるの?」  と僕を睨みつける。 「いや、ないです。とても美味しいです……」  僕はパンを口に放り込みながら小さい声でそう答えた。  そして。  軽い朝食を取った後。  ミーシャはいつものように、霊薬作りの準備に取り掛かる。  僕は寝巻きを脱ぎ捨てミーシャが用意してくれた服に手を通していた。 「洗濯物。随分とたまったね」  部屋の隅に置かれている木製の籠には、服が山盛りにされていた。 「セレン、今日はあんたが当番よ」 「うん」  僕は頷いて、洗濯物が入った籠を取り上げた。  それと、桶と洗濯板も反対の腕に抱える。  ちなみに、ミーシャと僕の決まりでは、洗濯は当番制で、交互に行っている。  でも、毎日の食事は、ミーシャが作ることになっている。  前に、僕が夕食を作ったことがあったのだが、ミーシャに随分と不評だったのだ。  それ以来、食事は作らせてもらえない。  材料が無駄になるとか、言われるのだ。  昔そんなことがあったな、と考えながら僕は苦笑した。  それを見たミーシャは 「何笑ってるのよ?」  と聞いてくる。 「いや、ちょっとね」  僕がそう答えると、ミーシャは眉を寄せて、 「ほら。一人で、不気味に笑ってないで、とっとと洗濯でもしてきなさい」  と言って、僕を送り出すのだった。 ----------------------------シーン13 ・村外れの川 村外れに位置する川。 基本的に飲料水以外の生活用水は村はずれの川の水を使うことになっている。 生活には欠かせない川だ。  朝の、この時間。  フェネルはいつも、この時間にこの川で洗濯をしている。 「おはよう」  僕はそう言って、彼女の隣に山盛りの洗濯籠を、おろした。  フェネルはおはよう御座いますと、軽く会釈したあと、 「凄い量ですね」  と少し驚いて見せた。 「ほら、あれ。うち、貯めるの得意だから。洗濯物」  僕は苦笑しながら、そう答える。  フェネルの隣にどっかりと腰を下ろして僕は洗濯を開始した。  桶に水を入れ、汚くなった洗濯物を洗濯板で擦る。  あまり、力を入れないように注意する。  以前、ミーシャから僕が洗濯をすると、服がすぐにボロボロになると、苦情があったのだ。  水がとても冷たい。  手がすぐに真っ赤になる。 「よくこんな冷たい水で洗濯できるよね。感心するよ」  と僕は洗濯しながら、フェネルに声をかけた。  フェネルは笑って、 「最初は私もそう思っていたんですけど。もう慣れました」  と答えた。  僕は難しい顔をしながらも、洗濯を続ける。  さすがじゃないけど、量が多すぎる。  こんな量を洗濯をしていたら、指の感覚がなくなって、手が壊れてしまうんではないか。  たまにそう思う。  まあ、洗濯はたまにしかやらないので、そう思うことも少ない。  いや、たまにしか洗濯しないのがいけないのか。  こまめにやればもっと量も減るはず。  僕はそんなことを考えながら、服を洗濯板でこすりつづける。 「セレンさん、手伝いましょうか?」  自分の分の洗濯物が片付いたのか、フェネルがそう声をかけてきた。 「う~ん。手伝ってくれるのは凄く嬉しいんだけど」  僕はそう言って彼女の方を見る。 「なんか。悪いよ。水冷たいし」  だが、フェネルは山盛りの洗濯物から、勝手に服を取り出し、洗濯をし始めた。 「ねーフェネル。なんか凄く申し訳ないのだけど」 「いえ、いいんです。私洗濯、慣れているし。それに」  と彼女はそこまで言って、美しい銀色の髪を右手で掻き揚げた。 「困った時は、お互い様でしょ」  そう言って、フェネルはとびきりの笑みを浮かべた。 「んじゃあ、申し訳ないけど、お言葉に甘えるよ」  僕は再び洗濯を開始する。  長い沈黙が訪れる。  聞こえるのは川のせせらぎと、洗濯板に擦りつけられる布の音のみ。  僕とフェネルは無言で、洗濯物を板に擦りつづける。 「やっと片付いた」  大量にあった洗濯物をすべて洗い終えた。  今度からなるべく貯めないように、こまめに洗濯するようにしよう。  とか珍しく思ったり。  無理だろうな。  たぶん。 「フェネル。本当にありがとう。フェネルのおかげで、随分と早く片付いたよ」  と言って、僕は彼女に感謝した。 「いえ、いいんです。でも、今度は、私が困っていたら、セレンさんが助けてくださいね」  フェネルはそう言って微笑した。 「そういえば」  フェネルは思い出したように口を開く。 「なに?」 「兄さんがセレンさんのこと呼んでました。頼みたいことがあるから、後で私と一緒に来いって」 「ノルムさんが?」  一体何の用事だろう。 「何の話なのか、聞いてないの?」 「後でまとめて話すから、って言ってましたけど」  なんだろう。  少し、気になる。 「帰りに寄っても、良いのかな?」 「たぶん、大丈夫です。今ごろは家でぼーっとしているはずです」  フェネルはそう答える。 「んじゃあ、これからノルムさんに会いに行ってみるか」  僕はそう言って、洗濯し終えた洗濯物が大量に入った、籠を持ち上げた。  彼女も僕に続く。  そして、僕達は。  フェネルの家へと、向かうことにした。 ----------------------------シーン14 ・フェネルの家 村の中央にあるフェネルとノルムさんが住んでいる家。 家の中は小奇麗に片付いている。 ずっと前にミーシャと遊びに来た記憶があるのだが。 実は、よく覚えてなかったりする。  洗濯物を抱かえたままで、フェネルの家にお邪魔した。 「やあ、セレンくん。よく来てくれましたね。」  ノルムさんはそう言って、僕を出迎えてくれた。 「まあ、適当に、そこら辺に座ってよ」  僕は、かたわらに洗濯物とその道具を置いて、椅子に腰掛けた。  フェネルもそれに習い、僕の隣の椅子に座る。 「頼みたいことがあるって、聞いてきたんですけど」  僕のその言葉に、ノルムさんは少し真剣な顔をする。 「実はだね」  ノルムさんは話を続ける。 「レティアさんとティムくんの組が、三日前から“迷いの森”に行ったっきり戻らないんですよ」 「レティアさんが?」  それを聞いたフェネルが少し怪訝な表情をした。  レティアさんとティムさんは年のころで言えば、二十六歳。  僕らよりも、八歳年上の人達だ。  ティムさんは、僕の戦士としての先輩にあたる。  ティムさんの剣技は、ノルムさん程ではないけれど、村の中ではかなりの実力者だ。  確か、獲った魔人の首の数も、かなり多いはずだ。  が、実のところ僕はティムさんとあまり親しくはない。  それに、剣の練習もあまり交わしたことが無いので、正直ティムさんについてはあまり  くわしくは知らないのだ。  レティアさんについては、ミーシャからある程度聞いていたことがあるので どちらかと言えばティムさんよりも詳しかったりする。  実際に、話したことはないけれど。  レティアさんは、ミーシャとフェネルに、白魔術を直接指導していた人だ。  言わば、彼女らの“師匠”と呼べる人かもしれない。  性格は温和だが、いざ魔人を相手にする時は、一歩も引かないという気丈な性格の持ち主だそうだ。  ミーシャは、そのレティアさんをすごく尊敬していた。  だから、ある時期なんかはミーシャから、毎日レティアさんの話を聞かされたような記憶がある。 「それでだね」  ノルムさんは目を閉じて、意を決したように、僕たちに話しはじめる。 「単刀直入に言うと、セレンくんとフェネルに、彼らの探索をお願いしたいんだよ」  そう言って、ノルムさんは閉じていた目を、ゆっくりと開いた。  横に座っているフェネルは、黙りこくったままだ。 「実のところ、成人の儀を迎えていない君たちに、こういう事は頼みたくは無いんだが。 今ちょっと、人手が足りなくてね。申し訳ないけど頼まれてくれないか?」 「僕は大丈夫なんですけど」  フェネルは、どうなのだろうか?  僕はフェネルの顔色伺うために、横目で彼女をみた。  フェネルは、視線に気づいたのか、僕の方に向き直り、 「セレンさん。わたし、レティアさんが心配です。今すぐにでも探しに行きたい」 「なら、すぐにでも準備をしないと」  と、椅子から立ち上がる。 「ノルムさん。今から家に帰って準備してきます。 二人を。 レティアさんとティムさんを必ず探して、連れ帰ってきます」 「頼んだよ、セレンくん」  ノルムさんはそう言って眉をあげ、にこりと笑った。 「フェネル。準備が出来たら、僕の家で落ち合おう」  そう言う僕にフェネルは 「はい」  と、力強く答えた。  僕は洗濯物を抱かえて、彼女の家を後にした。 ----------------------------シーン15  家の中では、ミーシャがいつものように竃(かまど)に向かい、霊薬を作っている。  多種多様の乾燥した、木、葉っぱ、草などの類が、机の上に散らかっている。  霊薬特有の、臭いが鼻を突いた。 「あら、お帰り」  部屋に入ってきた僕に、ミーシャが振り返りながらそう言った。  僕は洗った洗濯物を部屋の隅に置く。 「ミーシャ、すまないんだけど。 この洗濯物、干しといてくれないかな。 ノルムさんから急用を頼まれてしまったんだ」  そう言って、僕は今着ている服を脱ぎ捨て、ベットの上に放り投げる。 「へ? 一体どうしたの?」  と、ミーシャは不思議そうな顔で、こちらを見た。 「レティアさんとティムさんの組が、三日前から“迷いの森”に行ったっきり戻らないらしいんだ」  僕は魔人との戦いのときに着る、厚手の服に手を通しながら、ノルムさんから聞いたことを、 掻い摘んでミーシャに話した。  それを聞いて、不安げな表情をするミーシャ。 「それで僕とフェネルに、探して来いって」  服を着て。  僕は部屋の隅に転がしてあった、革の鎧を丁寧につけ始める。  レティアさんとティムさん。  彼らは何故、戻らないのだろうか?  何か、戻ることの出来ないトラブルに、まきこまれたのだろうか?  例えば、魔物との戦闘により怪我をしてしまい、その場を動けなくなってしまったとか。  あるいは、魔人に呪いをかけられ、動けない状態であるとか。  考えれば考えるほど、いろんなケースが想定された。  でも。  一番可能性が高く、あって欲しくないのは。  彼女らはもう……  僕は、頭の中の、良くない考えを振り払った。  ミーシャやフェネルの前では、そんなこと口が裂けても言えない。  僕は無言で鎧を体に装着する。 「なんだか、すごく心配だわ」  そんな僕の心中を知ってか知らずか、ミーシャは俯き加減にそう呟く。  さっきのフェネルも。  今のミーシャと同じような、表情をしていた。  その表情を見ていると。  なんか。  僕はレティアさんたちを、探し出して、必ず無事に、連れて帰らなければいけないような、気がした。  もし、それが出来なかったら。  ミーシャもフェネルも、すごく悲しむに決まっている。  だから僕は。  決意を固めるかのように、ミーシャに言う。 「大丈夫。二人はたぶん無事だよ。絶対につれて帰ってくる。必ずね」  そう言って、笑って見せた。 「そうだセレン」  ミーシャは思い出したかのように、口を開く。 「これ。持って行きなさい」  そういって取り出したのは、小瓶に入った十つの“治癒の霊薬”だった。 「昨日採ってきた、レスティリアの花から作った霊薬よ。 精魂込めて作ったんだから。魔人との戦いに有効に役立てなさい」  霊薬を僕に渡すミーシャ。  すごく、ありがたかった。 「ありがとう」  と、僕は素直に感謝の気持ちを伝えた。  鎧を付け終わった。  背負い袋に必要なものを詰め込む。  ミーシャから、さっきもらった霊薬も、もちろん詰め込んだ。  もうそろそろ、フェネルが来る頃か。 「そういえばセレン。さっき面白いものを見つけたの」  ミーシャはそう言って本棚から埃まみれになった一冊の分厚い本を持ってきた。 「何それ?」 「おじいちゃんの手記よ」  古ぼけた分厚い本を、机の上に置くミーシャ。  なるほど。  表紙には、じいちゃんの名が記述されていた。 「おじいちゃんって、思いついたことを何でもこれに書き留める癖が、あったみたい。 いろんなことが、こと細かく書かれてあったわ。 もちろん、あたしやセレンのこととかもね。 今、読んでみる?」 1.読んでみようかな  僕はその古ぼけた分厚い本。  じいちゃんの手記を手にとった。 2.今はいいや 「この本はここの本棚に置いておくわ」  と言ってじいちゃんの手記を本棚に戻すミーシャ。 「いつでも好きなときに見れるようにしておくから」 「うん、ありがと。今度時間があるときにじっくりと読んでおくよ」  その時、戸口から、ノックする音が聞こえた。 「フェネルね。いいわよ入ってきて」  ミーシャのその声に戸が開き、白い衣服に着替えたフェネルが入ってきた。 「お待たせしました。セレンさん」  フェネルは、軽く頭を垂れる。  彼女からは、いつもと違った、雰囲気がした。 「フェネル、セレンから大体の話を聞いたわ。 レティアさんはあたし達にとって、姉も同然の人。 残念ながら、あたしは何も出来ないのだけど。 その分もフェネルに任したわ。 頑張ってね」 「ミーシャ」  ミーシャの言葉に、フェネルは小さく呟く。  そして、 「任して! 必ずレティアさんをつれて帰ってくるわ」  と力強く、言葉を吐き出した。  僕はマントを羽織り、鞘に入ったままの名も無き魔剣を肩に担ぐ。  そして、背負い袋を持った。 「セレン! フェネル! 頑張って来い!」  僕らはそんなミーシャの言葉に送り出され、家を出た。  とりあえず。  “迷いの森”に向かうとするか。  僕は。  その時、楽観的な気持ちで、そんなことを考えていた。  この後に。  待ち受けてる悲劇のことなんて知る由も無く。  迷いの森の入り口までたどり着いた。 「さて、この森のどこかにいるって話だけど」 「とりあえず、この森をしらみつぶしに探してみましょう。セレンさん」 「まー、そうだね。他に手がかりらしい、手がかりも無いし」  とりあえず、“迷いの森”をしらみつぶしに、探してみることにする僕たちであった。 ----------------------------シーン16  高くそびえる崖の下。  西に傾いた日の下に照らされていたのは。  魔物どもに食い散らかされたであろう、二つの人の残骸。  あまりにも遺体の損傷が激しくて、原形をとどめていない。  それでも。  千切れた衣服やその周辺に転がっている装備品から、 彼らが元々は、ターナの白魔法使いと戦士であったことは、明白だった。 「うそ」  フェネルはその光景を見て、かすれた声でそう呟いた。  そのまま。  彼女は目を見開いたまま、瞬き一つせずに呆然と、その場で立ち尽くしている。  凄惨な光景だった。  白魔法使いの方の遺体は、右の肩から首にかけての肉が、骨ごと食い千切られており、大きな歯形が残っていた。  首が半分以上食い千切られているため、その頭は胴体からとれかかっている。  元は女性であったはずの顔は、鋭い爪で、何度もえぐられた痕があり、生前であった頃の面影は無い。  腹部が裂け、内臓が引き出され、食い散らかされたあとが見られた。  その遺体を覆う白い衣服であったものは、所々が千切れ、血で赤黒く染まっていた。  近くに、ターナの白き魔女の象徴である、木の杖が転がっている。  その少し離れたところに。  この白魔法使いの守護者であっただろう、戦士の亡骸が転がっていた。  白魔法使いの遺体に比べて、戦士の方はその損傷が、比べ物にならないぐらい、激しかった。  遺体の胴体には、両腕が欠けていた。  両腕は何か鋭いもので、切断された跡があった。  頭は潰され、地面には粉々に砕け散った頭蓋骨と、飛び散った血と脳しょうの渇いた跡が、見られた。  胸板には四つの大きな穴が穿たれている。  両の足には、鋭い牙で噛みつかれたであろう跡が、太股に穿たれた、連続した穴として残っている。  戦士の遺体から、五歩ほど離れたほどの距離のところに、ターナの戦士が使う大剣が、地面に突き刺さっていた。  この戦士のものであろう、胴体から切り離された右腕が、まだ大剣の柄を握りしめている。  僕はその戦士の亡骸の壮絶なさまに言葉が出なかった。  たぶん。  この戦士は命がけで、戦ったのだろう。  体を張って。  死に物狂いで、魔人に挑んだに違いない。  それは、この戦士の亡骸に刻まれている、いくつもの傷痕から容易に想像できた。  でも。  それでも。  魔人には勝てなかった。  その、なれ果てがこれなのか。  あまりにも……  あまりにも酷すぎる。  これが、魔人に敗れたターナで戦うものの、末路なのか。 「うそ……うそでしょう……」  フェネルはゆっくりと目の前に転がっているその二つの亡骸に歩み寄る。  瞳からあふれた涙がこぼれ落ちる。 「なんで……なんでレティアさん……」  フェネルの消え入るような声が、僕の耳に届く。  そのまま、膝から崩れ落ちるフェネル。  彼女の足元には、亡骸と成り果てた白魔法使いの、生前の持ち物であったろう、白魔術の杖と。  そして、護身用の剣が転がっていた。  目の前に転がっている亡骸は。  僕らが探していた、レティアさんとティムさんのものだった。  それは。  僕らにとって、最悪の結果だった。  フェネルはレティアさんの亡骸の前で、泣き崩れていた。  僕は……  そんな彼女を目の前にして、何も言葉をかけてやることが出来なかった。 ----------------------------シーン17  辺りはすっかり暗くなってしまった。    空を見上げると綺麗な満月が見える。  目の前には、赤々と燃え続ける焚き火。  そして、その焚き火の向こうにはフェネルがいる。  あのあと。  二人の亡骸を丁重に葬り、僕たちはレティアさんとティムさんに最後の別れを告げた。  最初は、悲しみに暮れていたフェネルであったが、今は少し落ち着いたみたいだった。  フェネルは、真っ赤にはれた目で、彼女のかたわらに置かれている、一振りの剣を見つめていた。  その剣は、レティアさんが護身用に使っていた形見の剣だ。  刀身には、不可解な文字が刻まれており、暗闇のなかで、不思議な輝きを放っていた。  魔法のかけられた剣――魔剣であった。  僕は背負い袋から、干し肉とパンを二人分取り出し、半分をフェネルに手渡した。  フェネルはパンを受け取ると、口に入れながら焚き火に手をかざした。  今のターナの季節は、冬も終わりの季節だが、夜はまだまだ冷え込む。  マントなしでの野営なんて、まず無理だ。  本当なら日が暮れる前に村に戻りたかったのだが、あんなことがあっては仕方が無かった。  夜に森を移動するのは危険なので、僕たちはそのまま、この森で野営をすることにしたのだ。  長い沈黙が訪れる。  ただ、その中で火のはぜる音だけが、静かに聞こえていた。  簡単な食事の後。  僕は立木に、背をもたれながら、夜空を見上げていた。  今日の夜空は雲ひとつ無い。  星々がきらめく漆黒の空に、明るく輝く満月が幻想的に見える。 「ねぇ、セレンさん……」  フェネルのその言葉に、僕は彼女の方をみる。  すると、フェネルも僕と同じくマントにくるまり、焚き火に手をかざしながら、頭上の月を見上げていた。  フェネルは静かな口調で、言葉を続ける。 「セレンさんは月と静寂の天使にまつわる、悲しい伝説って知ってますか」 「悲しい伝説?」  彼女の言葉に僕は聞き返す。  “月と静寂の天使”。  それはターナでいにしえより、信仰されてきた神の使いである。  古くからターナに伝わる伝承にはこうある。  遥かなる昔。  地に魔物がはびこりし時。  人々は魔人の存在に恐怖し、絶望と無力感にさいなまされていた。  魔人たちは人々を次々と殺し、食らい、その快楽に酔いしれていた。  女であろうが、子供であろうが関係なかった。  魔人に見つかったものは八つ裂きにされ、臓物を引きずり出され、食われた。  人々は余りにも哀れであった。  そんな絶望のさなか。  遥かなる天空に浮かぶ月より、一人の清らかなる乙女が、地に舞い降りる。  その娘は、白い衣に身を包んでいた。  背には白く輝く、一対の翼が生えていた。  人々は娘を“神の使い”と崇め、助けを請うた。  哀れな人々を見た娘は魔人と戦うための力として“白き魔法”を人々に授けた。  そして。  魔人に抗する力を持った人々の反撃が始まる。  人々は神の使いである娘を中心として、必死になって魔人たちと戦った。  人と魔人との、長い長い戦いが、いつ終わるとも無く、繰り広げられた。  そして長い戦いの果てに、人々はついに魔人の王を倒し、平和を取り戻すのである。  ターナに伝わる月と静寂の天使にまつわる伝承はこんな感じだ。  村では、子供でも知っているぐらい、よく知られた話だ。  でも。  魔人と戦い勝利を勝ち取る人々の話は数あれど、月と静寂の天使にまつわる悲しい伝説なんてものは 聞いたことがない。  なぜフェネルがそんな話を持ち出したのか。  不思議に思ったので僕は素直に聞き返したのだ。    フェネルは月を見上げたままゆっくりと口を開く。  その昔一人の天使が舞い降り、魔人に襲われていたこの地の人々を助けました。  しかし、魔人たちは思いのほか強く、天使と魔人たちの戦いは長期にわたります。  そんなさなか、天使は一人の人間の男と恋に落ちるんです。  二人は、つかの間の幸せを手に入れますが、相次ぐ魔人との戦いにより、大切な仲間を次々と失っていきます。  そして、人間と魔人の最後の決戦が始まります。  しかし、魔人達の中でも“黒き翼”と呼ばれる魔人の将の強さは強大なもので、 天使と男は、絶対絶命の窮地に追い込まれます。  そこで、天使は自分の愛する男を守るために、白き魔法によりその身を聖剣と変えました。  男は、その聖剣をとり、力の限り戦います。  “黒き翼”との戦いは三日三晩にわたり、見事、男は魔人の将を討ち果たしました。  しかし、聖剣に身を変えた天使は、決して、元の姿に戻ることはなく、男は深い悲しみに暮れるそうです。  その後、聖剣は守り神として、代々ターナの人々に受け継がれ、祭られているんだそうです。  フェネルは静かに語り終えると、月から目を離し、僕に向き直る。 「なんで、私達は戦いつづけるんでしょうね。 この伝説のように、もう、大切な人を失うのは、まっぴらなのに」  その悲しげな瞳で、僕を見つめるフェネル。  そんな彼女の問いに。  僕は。  なんて答えたらよいのだろうか?  その答えは、いくら考えても頭に浮かびそうに無かった。 「少なくとも」  僕は、目を閉じて、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。 「少なくとも、僕は、フェネル。君を守るために戦っている。 この身に刻んだ技も。そして、この魔剣も。君を守るためにあるんだ。 だから。 いくら、どんな危険が迫ろうとも、君だけは守るとこの剣にかけて誓うよ」  そこまで、言って僕はゆっくりと目を開ける。  そんな僕の言葉に、フェネルは小さく「ありがとう」と口にしただけだった。 「どうやら、フェネルは少し疲れているようだ。 今日は早めに休んだ方がいい。 僕は見張りについているから、ゆっくりと休んでよ」  その言葉に、フェネルは小さく頷き、ゆっくりとまぶたを閉じた。    殺気を感じる。  冷や汗が、背中を伝い流れ落ちるのがわかる。  全身に鳥肌が立つ。  焚き火はすでに消えており、辺りは闇に包まれている。  その闇の中、幻想的な月の光だけが、辺りを照らしていた。  僕は、寝ぼけていた意識を、無理やり現実に引き戻す。  危険が迫っている。  僕の戦いの第六感が、そう告げていた。  僕は傍らに立てかけてあった、魔剣を素早く鞘から引き抜くのと同時に、立ち上がる。  フェネルに起きるよう、声をかけようとしたその刹那。  暗闇のなか、何かが空を切り、振り下ろされる。  僕は、反射的に持っていた魔剣で、身を庇った。  辺りに、甲高い金属音が響き渡る。  魔剣を持つ腕に、とんでもない衝撃が伝わってくる。  僕はそのまま後方に、吹っ飛ばされ、木の幹に背中をしたたかに打ちつけた。  息がつまる。  しかし、そんなのにはお構いなく、僕は力いっぱい叫んだ。 「フェネル!! 起きろーーー!!!」  それと同時に、後ろの木の幹を蹴り、魔剣を振りかぶって、前方の暗闇に突っ込んだ。  腕がしびれていたが、そんなことに構っている余裕など少しも無かった。  闇の中の影に向かい、魔剣を振り下ろす。  再び、甲高い金属音が辺りに、こだます。  間違いない。  今度は確信をもって、わかった。  僕の斬撃を、相手は剣で受け止めたのだ。  目の前には、四つの光る瞳が、瞬きをしている。  魔人の夜襲だった。  しかも、普通の魔人じゃない。  魔剣を携えた、高位の魔人であった。  僕は、魔人とつばぜり合いの格好のまま、相手の次の出方をうかがっていた。  魔人は、その丸太のような両腕を筋肉で膨張させて、とんでもない力で、剣を押し返してくる。  さすがじゃないが、絶えられない。  僕は、つばぜり合いの体勢から、一気に後方に身を引くと、魔人の右手に回りこんで、素早い斬撃を見舞った。  硬い肉を、切り裂く確かな手ごたえ。  しかし、この感じだと致命傷には、なりえなかった。  すぐさま、魔人の疾風をともなった反撃が、僕を襲う。  それを、後ろに飛んで、かわそうとするが、間に合わない。  切り裂かれたような痛みが、腹部を襲った。  僕は舌打ちした。 「セレンさん、大丈夫?」  不意に、僕の後ろの方から声がかけられた。  いつの間に、起きた出したのだろう。  フェネルは杖を持ち、臨戦体勢に入っていた。  僕は、ひとまず、フェネルが安全な位置にいることを確認したので、魔人との間合いを長くとり、相手の様子を窺った。 「魔剣の魔人……」  後ろで、フェネルが小さい声で呟くのが聞こえた。  奴は暗闇の中、僕らの目の前で、長大な剣を片手で持ち上げている。  魔人の胸部が、切り裂かれ、真っ赤な血が噴出しているが、思ったとおり致命傷には程遠かった。  だが、それは僕の腹部の傷についても同様のことだ。  剣の切っ先で浅く、切り裂かれただけ。  戦うのに何の支障も無い。  僕は、魔剣を正眼に構えた。 「フェネル、援護頼む」  僕は魔人に向かい、剣を振りかぶり、一気に突っ込む。  そして、渾身の一撃を振り下ろした。  が、魔人にやすやすと受け止められてしまう。  刹那、魔人の横殴りの一撃が僕を襲う。  とっさに、剣で受け止める。  とんでもない衝撃に、腕がしびれる。  休むまもなく、魔人の第二撃が襲いかかる。  僕は、後方に吹き飛ばされた。  なんて、威力だ。  かろうじて、魔人の斬撃を防ぐことができたものの、腕の痺れがひどい。  あと、二、三同じ衝撃を受けつづければ、腕の感覚がなくなり、使い物にならなくなる。  守りにまわっていては、やられる。  一気に攻めて、攻めて、攻め崩さないと。  僕は再び、魔剣を構えた。  慎重に、魔人との間合いを詰めていく。  そのとき、辺りに静かな詠唱が、響き渡る。   月に宿りし神聖なる力よ   彼のものに加護を授けよ   身を守る不可視の楯となりて   悪しき者より守れ  フェネルの唱えた“不可視の障壁”の白魔法であった。  その魔法が、かけられたことを意味するかのように、淡い光が僕を包み込む。  僕は、フェネルの魔法の加護を得て、一気に魔人に詰め寄った。  魔人の巨大な剣が、僕の頭に振り下ろされる。  僕は、避けようともせず、一気に魔人に肉薄した。    僕の頭部に、振り下ろされた魔剣は、淡い光の壁に阻まれて、はじき返される。  魔人の体勢が崩れる。  絶好のチャンスだった。  僕は振り上げた魔剣を、魔人に向かい袈裟懸けに、斬り下ろした。  渾身の力をこめた一撃は、魔人の体を深く、切り裂く。  そこからどす黒い血が、噴水のごとく噴き出た。  そして、続けざま返す剣で、魔人の右腕を叩ききった。   斬り飛ばされた、魔人の右腕は、闇夜に弧を描き、地面にごとりと落ちる。  いける!  僕は勝利を確信していた。    魔人はまだ、斬り飛ばされていない方の左腕で、巨大な魔剣をつかみ、僕に反撃を試みようとする。  しかし、淡い光の壁に、巨大な魔剣ははじき返される。  僕は追撃の手を緩めない。  ついで、魔人の胴をないだ。  魔剣に切り裂かれ、魔人の腹、横一線に深い傷痕が刻まれる。  新たな、傷痕からどす黒い血が噴出し、僕の体を真っ赤に染める。  すでに、僕の全身は、魔人の返り血により、真っ赤に染まっていた。  魔人は満身創痍でありながらも、なおも反撃を続ける。  すでに、片腕でありながら、凄まじい斬撃が、僕を襲う。  守りにまわっていては、決して、この魔人に勝つことなどできない。  だから。  僕は、その攻撃も避けようとはしなかった。  あたりに、甲高い音が響く。  その瞬間、肩口から胸、腹にかけて激しい激痛が走った。  満身創痍の魔人の一撃は、僕の身を守っていた“不可視の障壁”を打ちこわし、僕の体を右袈裟に切り裂いていた。  魔人の持つ、魔剣の切れ味に、硬皮の鎧が紙切れのように裂け、その間から鮮血が噴出す。  後ろの方で、フェネルの悲鳴が聞こえた。 「くそったれ!」  傷を負いながらも、僕は毒ついた。  しかし、こんなところで、引くわけにはいかない。  もう少し!  もう少しで、魔人を仕留めることができるはずだ!!  絶対に仕留める!  僕は、魔剣を正眼に構えると、剣の切っ先を魔人の喉元へ向け、鋭い突きを入れた。  狙いたがわず、切っ先は魔人の喉を貫く。  ぐおおおおおおーーー!!  魔人の咆哮が、辺りに響き渡る。 「うるさいな!!」  僕は、叫びながら、両の手で魔剣を振るった。  右袈裟に魔人を切り裂く。  ついで、振り下ろした、剣を跳ね上げるようにして、右袈裟で切りつけた所を、往復して斬り上げた。  まだ!!  まだだ!!  僕は、魔剣を大上段に振りかぶった。  狙うは、魔人の頭。  全力で魔剣を振り下ろす。  が、その斬撃よりも早く、僕の腹に魔人のひざ蹴りがめり込んだ。  腹部に鈍い衝撃が走り、呼吸ができなくなる。  でも、僕はそれにかまわず魔剣を振り下ろした。 「ちっ!」  狙いははずれ、振り下ろした剣は魔人の肩口にざっくりと、深く埋まる。  力を込め、魔人の体に埋まった魔剣を抜こうとするが、抜けない。  そんな僕を見て、魔人の口が笑ったように見えた。  瞬間。  再び、腹部に鈍い衝撃が走った。  魔人の右ひざが、僕の腹にめり込む。  蹴りの強さは、一撃目の比ではない。  僕は体をくの字に折り曲げたまま、空中を舞った。  頭の中がぐるぐると回る。  暗い森の景色がゆっくりと流れていく。  しばらくして、全身に強い衝撃が走った。  魔人に蹴り飛ばされ、空中を舞っていた僕の体が、地面に落ちたのだ。  僕は、激しく咳き込んだ。  口からは少量の血が、滴り落ちた。  もしかしたら、さっきの魔人の蹴りで、内臓をやられたのかもしれない。  痛む腹を抑えながら、僕は気力を振り絞り、ゆっくりと立ち上がった。  そして、魔人の姿を確認するため、頭をめぐらす。  いた。  魔人は、肩口に深く突き刺さった魔剣を引き抜き、いまいましげに、地面に投げ捨てたところであった。  そして、魔人は僕の方を向く。  4つの赤い瞳が不気味に光った。  なんとかして、あの剣を取り戻さないと。  僕は、魔人の隙をうかがった。  だが、魔人はそんな僕など関係が無いかのように、口を開き、ゆっくりと何かを喋り始めた。  耳障りな声が、魔人の喉から発せられる。  刹那。  僕の体の、全身の皮膚が見えない何かに、一斉に切り裂かた。  体のいたるところの衣服が引き裂かれ、皮膚が裂かれ、全身から血しぶきが飛び散る。  一体、なんなんだよ。  僕は全身を血に染めながら、前のめりに倒れこんだ。  なんだか、全身の感覚が麻痺してしまったようだ。  もう、指先ひとつ動かせる気がしない。  ふと、気が付くと目の前にフェネルの姿が見えた。  僕に向かい、必死になって何かを叫んでいるように見えた。  だが、頭が朦朧とし、何を喋っているのかまでは理解できなかった。  僕の顔に熱い、何かがぽたぽたと、落ちてきた。  血?  いや、違う。  フェネルの……涙だ。  彼女は。  彼女は、こんな僕のためなんかに。  泣いてくれているんだ。  彼女の瞳から止め処もなく、熱い雫がこぼれ落ちる。  それは、僕の血塗れた、顔をぬらした。 「フェネル、逃げろ……」  僕は痛みをこらえ、やっとそれだけの言葉を、喉からしぼり出した。  しかし、フェネルは決して逃げようとはしなかった。  彼女は僕の言葉に、首を横に振るだけだった。 「セレンさん、私達、仲間でしょう。大丈夫、まかせて。今度は私が。私が、セレンさんを守ってあげます。必ず……」  フェネルは僕の耳元で、それだけ言うと、ゆっくりと立ち上がった。  馬鹿な!!  フェネル、だめだ!!  そんなことをしては、だめだ!!  君の力だけでは、あの魔人に勝つことなどできはしないのに!  なんでだよ!!  なんでなんだよ、フェネル!  いくら叫んでも、僕の叫びは彼女に通じることはなかった。    一人、健気に魔人に立ち向かうフェネル。  フェネルと魔人が戦ったとして、結果は明白だった。  魔人は目の前に現れた“白き魔女”をその視界に認識すると、魔剣を傍らの地面に突き立てる。  そして、ゆっくりと、その丸太のような左腕を高々と、振り上げた。  それを目の前にして、フェネルは杖を構えたまま、微動だにしない。  魔人の左腕がゆっくりと振り下ろされる。  魔人の左手に生えた三本の鋭い爪が、フェネルの体をまるで、紙切れのように切り裂いた。  瞬時にして、彼女のまとう、白い衣服が真っ赤に染まる。  ゆっくりと、崩れ落ちるフェネル。  うそだろ……フェネル……  僕の。  僕の大切な人。  絶対に守ると誓ったのに。  魔人め。  よくも。  よくも、フェネルを。  決して、許さない。  五体満足で返すものか。  臓物をえぐりだし、眼球をえぐりだし、八つ裂きにしてやる。  そして、フェネルを傷つけたことを。  地獄の苦痛を持って、後悔させてやる。  体は傷だらけで、もう動くことも、できないと思っていたのに。  体の奥底から、力が、溢れて出てくる。  頭の中が、異様に熱い。  目の前に一振りの剣が転がっている。  あの、死んでしまった、白魔法使いの形見の品。  レティアさんの魔剣。  僕はその剣を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。  剣を持つ手が震える。  あまりの怒りに、体の震えがとまらない。  僕の目の前で、フェネルをぼろ布のように切り刻んだあの魔人を。   絶対に。  絶対に、殺してやる。  決して、許すものか。  ただ、魔人への殺意のみが、僕の中の心の中で無尽蔵に膨らんでいく。  もう、何も考えられない……  そして。  僕の頭の中は真っ白になった。  なんだか、頭が痛い。  それに、妙に体がだるい。  何もする気が起きない。  このままずっと。  このままずっと目を閉じて、寝ていたい……  ゆっくりと寝返りをうった。  次の瞬間。  おなかの辺りに、ひどい痛みが走る。  この痛みは?  一体……なに?  その痛みのせいか。  私の意識は眠りの世界から、現実へと引き戻される。  ゆっくりと、目を開ける。  辺りが、まぶしい。  そして。  私の瞳に最初に映ったのは。  心配そうな兄の顔だった。 「良かった……フェネル。意識を取り戻したんだね」  そう言って、兄さんは安堵した表情を浮かべた。 「私……どうしたのかしら」  ベットから起き上がろうとする。  しかし、再び、体に激痛が走る。  見れば、私の胸からおなかにかけて、何重にも白い布がぐるぐると、巻かれていた。  どうやら、怪我の治療をされた後のようであった。 「無理をしては、だめだ。随分とひどい怪我を負っていんだから」  兄さんは静かな口調で、私を止めようとする。  しかし、私は体に感じる痛みもそのままに、ゆっくりと起き上がった。 「私、何でこんなところにいるのかしら……確か」  そう呟きながら、右手で頭を抑える。  頭がひどく痛い。  思考能力が働かない。  確か……  私はセレンさんと迷いの森にいたはずだった。  そう。  そして。  突然、巨大な魔剣を持つ魔人に襲われたのだ。  頭の隅に押しやられていた、記憶がゆっくりとよみがえり始める。  セレンさんは暗闇の中、あの巨大な魔剣を持った魔人を相手に必死に戦っていた。  体中を真っ赤に染めながら。  必死に。  必死になって、戦っていたのだ。  なのに。  全身から、血を撒き散らしながら、崩れ落ちる彼の姿。  その光景は、今でも鮮明に思い出せる。  目に焼き付いて離れない。  セレンさんは。  セレンさんは、私に逃げろ、と言った。  でも。  あんなに、傷ついて。  全身傷だらけのセレンさんを一人置いて。  私一人、逃げるなんて絶対にできなかった。   だから、私は勝てないとわかっていながらも、魔人に立ち向かった。  ずっと。  ずっと、子供の頃から好きだった。  セレンさんを守るために。  私はようやく、全てを思い出した。  それにしても。  一つ、引っかかることがあった。  私はなんで、ここにいるのだろう?  あのひどい、戦いの中から、誰か私たちを救い出してくれたのだろうか?  私たち?  そういえば、セレンさんはどうなったのだろうか。  もしかして、セレンさんは……もう。  そんなこと!  あるはずがない!!  私は、頭の中に浮かべた、嫌な考えを振り払った。 「セレンさんは……。セレンさんは無事なの?」  私は、痛む頭を右手で抑えながら、恐る恐る、兄さんに尋ねた。  「ああ、大丈夫だ。フェネルと同様にかなりひどい怪我を負っていたが、大丈夫だろう。 今ごろ、君と同じようにセレンくんも、彼の家で休んでいるはずだよ」  兄さんは、笑みを浮かべながら、私の疑問に答えてくれた。 「そう、よかった……」  わたしは、兄さんのその一言が聞けただけで、満足だった。 「それにしても……」  兄さんは私の寝ているベットに腰掛けて、話を続ける。 「セレンくんには感謝しても、しきれないよ。 なんてったって、私の大事な妹の命を救ってくれたのだからね」  私は、兄さんのその言葉に違和感を覚えた。 「それ、どういう意味なの?」 「昨日の深夜、傷ついたフェネルを負ぶって、セレンくんが村まで戻ってきたんだよ。 それを、見張りをしていた村人が見つけてね。 私は昨日の夜中に叩き起こされて、大変だったのだから。 まあ、こうしてフェネルが無事だから笑って話せるんだけどね」  兄さんの言葉に、私は顔を曇らせた。 「セレンさんが、私を負ぶってきたの?」 「ああ、そうだよ」  私の言葉に、兄さんはコクリと、頷く。  私は目を閉じて、ゆっくりと考えをめぐらす。  セレンさんが私を負ぶってきた……  はっきり言って、考えられないことだった。  だって。  セレンさんは私の目に見ても、明らかに、絶体絶命の重症の傷を負っていたのに。  そんなセレンさんが、あの魔人を倒し、私を負ぶって村まで歩いてくるなんて、考えられないことだった。 「本当に、昨日の夜中、セレンさんが私を負ぶって来たの?」  私はもう一度兄さんに、同じ質問した。  しかし、返ってきた答えは、さっきと同じものだった。 「フェネルは少し、疲れているんだよ」  兄さんはそう言って、私に再び寝るように促す。  私は、兄の言葉に従った。  再びベットに横になる。  左肩から、胸、右腹へと魔人の爪によって刻まれた傷が、じわじわと痛んだ。  おそらく、誰かが白魔法で、癒してくれたのだろうけど。  それでも、完治できていない。  それほどに、私に刻まれた傷は、深かったのだろう。  もしかしたら、こうして生きているのが不思議なぐらい、深い傷だったのかもしれない。  兄さんの言う通り、しばらく、ゆっくり休もう。  そして、あれこれ考えるのは、その後でもいいのかもしれない。 「フェネル、私は少し用事があるから、家を空けるけど。 とりあえず、ゆっくりと休みなさい」  まぶたを閉じた私に、兄のやさしい声が聞こえた。  ……  …………  ………………  ……………………  …………………………  ………………………………  ……………………………………  体は疲れているはずなのに。  なぜか、寝付けない。  なんでだろう。  私はゆっくりと、ベットから起き上がった。  ベットから起き上がり、窓から外の景色を眺めるわたし。  青い空に、白色の雲が、ゆっくりと流れている。  この時間。  いつもなら、村はずれの川で洗濯をしている時間だ。  私は、どうでもいいことを考えながら、しばらく外の景色を眺めていた。  そして、しばらくした後。  なんで、私が寝れないのか。  その原因に、私は気づく。  そう。  私は、彼のことが気になって、仕方が無いのだ。  私は、早速行動に移った。  夜着を脱ぎ捨てて、いつも着ている服に袖を通す。  着替えるときに、傷が少し痛んだが、もうそんなことは気にならなくなっていた。  早く、彼に会いたい。  会って、自分の目で無事を確かめたい。  そして、もし、セレンさんが起きていたら。  助けてくれた、お礼を言おう。  そういうことを考えただけで、私の胸は踊った。  兄には後で、きつく叱られるだろうけど。  気になって、寝れないのだから仕方が無いのだ。  そうして、私は我が家を後にする。  私は目の前の扉を少し遠慮がちに、叩く。  しばらくして、 「だれ?」  と、家の中から聞きなれた声が聞こえた。  ミーシャだ。 「わたしよ」 「フェネルなの?」  しばらくして、戸がゆっくりと開く。  そこから顔を出したのは、ミーシャだった。 「よかったわ、フェネル。意識を取り戻したのね」  ミーシャは安堵の表情を浮かる。  そして、ゆっくりと、後ろの壁にもたれかかった。  心なしか、ミーシャは少し疲れているように見えた。 「セレンさんは? 大丈夫なの?」  私は、一番聞きたかったことを率直にミーシャに聞いてみた。  そんな、私の質問に、ミーシャは首を左右に振った。 「よくないわ。とりあえず、中へ入って」  ミーシャは家の中へ私を招き入れる。  私は、ミーシャに従い、扉をくぐった。  家の中にはミーシャの他に、もう一人別の人がいた。  長く、綺麗な黒髪を後ろで一つに束ねた、見た目、三十前後の女性だ。  ターナの白魔法使い特有の、白い衣を着ている。  手にはその女性の背丈ほどの長さの、木の杖が握られていた。  私のよく知っている人。  リネートさんだ。  リネートさんはこのターナの村で、最も白魔術にたけた白魔法使いだ。  優れた白魔法使いは、優れた癒し手でもある。  おそらくは、セレンさんの具合を見にきているのだろう。 「フェネル……」  リネートさんは私の名を呼び、そしてゆっくりと、ため息をついた。  私は部屋の奥へと、視線を移す。  そこには。  ベットに横たわるセレンさんがいた。  セレンさんの体には、包帯が幾重にも巻かれていた。  しかし。  その包帯は。  異常なほどに、赤く染まっていた。  セレンさんは、少しも動かない。  顔の色が、土気色だった。 「ミーシャ! どうなってるの!」  私は振り返り、自分でも気づかないうちに、語気を強めてミーシャに詰め寄った。 「傷口がふさがらないのよ……」  そんな私の言葉に、泣きそうになりながら答えるミーシャ。 「ねえ、傷口がふさがらないって、どういうことなのよ」  私は、ミーシャの言っている意味がわからず、聞き返す。  だって。  リナートさんや、ミーシャがいるのに。  なんで、セレンさんの傷を治すことできないのか。  そんな、単純な疑問が、私をイラつかせる。 「昨日からずっと、私とリナートさんで、何度も…… 何度も“癒しの手”の白魔法をセレンにかけたのだけど。 でも、傷は一時的に治るものの、少し時間がたつと、また傷口が開いてしまうの」  ミーシャは疲れた声で、私にそう説明してくれた。 「そんなことって……」  そんなこと、私は信じられなかった。  治った傷口がまた開くなんて。  そんなこと、今まで生きてきた中で、一度だって聞いたことがない。  そんな、わたしとミーシャのやり取りの横で、リナートさんは横たわるセレンに向かい、静かに詠唱をはじめる。   白き衣を纏いしもの   夜の闇を滅ぼせしもの   その絶対なる白き力持て   彼の傷つきし者を癒せ  白く、淡い光が、セレンの体をやさしく包み込む。 「フェネル。ミーシャの言っていることは本当よ。 今、私が癒したこの傷だって、少し時間がたつと元に戻ってしまうわ」  リナートさんは私に振り向いて、静かな口調で言った。 「でも、なんで?」 「たぶん、魔人にかけられた“呪い”だと思うのだけど……」  リナートさんは、手じかにあった椅子に、ゆっくりと腰をおろした。 「魔人の呪いなら……“解呪”の白魔法を使って、魔人の呪いを解くことができるんじゃ!?」   私の言葉に、しかし、リナートさんはゆっくりと首を左右に振る。 「もう試してみたの。でも……私の力じゃ呪いを解くことはできなかった。 彼に、かけられた“呪い”は随分と強力なものみたいだわ。 こんな、傷がふさがらない“呪い”なんて、私も初めて目したわ」  力なく、うなだれるリナートさん。 「ねえ、リナートさん。なんとかして、セレンを助ける方法はないの? このままだと、いずれセレンは死んでしまうわ」   そんな、リナートさんに、ミーシャは懇願するように助けを求める。  しかし。  リナートさんはゆっくりと首を左右に振るだけ。 「どうすれば、どうすればいいのよ!!」  ミーシャの悲痛な叫びが、部屋に響き渡る。 「ミーシャ落ち着いて」 「フェネル……わたし、こんなに自分の非力さを、悔やんだことはないわ。 目の前で、弟が死にかけているのに。 わたしは何もしてやれないだなんて。 わたし……悔しくて……悔しくて」  ミーシャは、目からぽろぽろと、涙をこぼした。 「ねえ、ミーシャ。よく聞いて。まだ、私たちは八方塞がりになったわけじゃないわ」  わたしの言葉に、ミーシャはゆっくりと顔を上げる。 「リナートさん。私、ずっと昔に、おばあちゃんから聞いたことがあるの。 月と静寂を司る天の使いを祭った“神殿”から湧出る“湧き水”には、魔人の呪いの力を、弱める効力があるって。 だから、昔から、強力な呪いがほどこされている魔剣の呪いを解くときは、 その湧き水で、魔剣の呪いを弱めてから“解呪”を行うんですって」  私は、子供の頃に、おばあちゃんが、私に聞かせてくれた話をした。  それを聞いたミーシャの顔が、ぱっと明るくなる。 「フェネル、それ本当なの?」 「うん。もし、その湧き水さえあれば。もしかしたら、セレンさんを助けることができるかもしれない!」  私は、大きく頷いて、ミーシャに答える。 「その話なら、私も聞いたことがあります。でもあの神殿は、いまや魔人たちの巣窟と化しています。 フェネル、あの神殿に人の身で近づくことは、自殺行為にも等しいことよ」 「でも……」  リナートさんは私に静かな口調で話し掛ける。  リナートさんの言うとおりだった。  月と静寂を司る天使を祭った“神殿”は、その昔ターナの人々が作り上げたものだった。  神殿は村の中央に作られた。  そして、その神殿で“成人の儀式”を始めとする、あらゆる村の行事を行っていたのだ。  ある時、その村に群れをなした魔人たちの襲撃があった。  圧倒的な魔人たちの強さに、村は滅び、月と静寂を司る天使を祭った“神殿”は魔人の巣窟と成り果てたのだ。  それが、今から30年前の昔の話。  私が、生まれる12年も前のことだ。  その襲撃以来、生き残ったターナの人々は村の場所を、今私たちが住んでいるこの場所に移し、 魔人と戦いながら、生き続けているのだ。 「わたし、その神殿に行って、湧き水を取ってくるわ」  ミーシャは、強い意志の光をその瞳にたたえている。 「私も行くわ」  私の言葉にミーシャは、眉をひそめた。 「フェネル、あなたはだめよ。だって、まだ昨夜の怪我が治っていないのに……」 「怪我はもう治ったわ! それに、セレンさんがこうなってしまったのには、私にも責任あるもの。 私だって、何とかしてセレンさんを助けたいの!」 「フェネル! 諦めなさい!」 「絶対にいやよ! ミーシャがなんと言おうとも、私は絶対について行くから!」  私は一歩も引かない。  こんなところで、置いてけぼりを食うわけにはいかないし。  そして、なにより、魔人の巣窟のようなところに、これから赴くというのだ。  私が行かなければ、一体誰が、ミーシャの背中を守るというのだろう。 「もう。本当にしょうがない子ね」  ミーシャは、私を見ながら、苦笑した。 「でも、そんな格好じゃあ、だめね。あそこに、私の服と、予備の杖、セレンの背負い袋があるから使いなさい。 フェネルのは、昨日の事件でボロボロだろうから」  そう言って、ミーシャは部屋の奥を指差した。  私はすぐさま行動に移る。  着慣れた、普段着を脱ぎ捨てて、ミーシャの服に着替え始める。  そして、マントを羽織り、ターナの白き魔女の証である杖を携える。  セレンさんが、使っていた背負い袋の中には、魔人との戦いに必要な霊薬や、食料がつまっていた。  私は、背負い袋をゆっくりと、背中に背負う。  ふと、セレンさんのベットの脇に、一振りの剣が立てかけられているのを見つけた。  それは、レティアさんの剣だった。  ミーシャはこの剣が、レティアさんの形見となってしまったことを知っているのだろうか。  私は、無言でその剣を鞘ごと取り上げると、帯に差し込んだ。 「ミーシャ、準備できたわ」 「よし。すぐに出発するわよ。時は一刻を争うわ」  そんな私たちを見て、リナートさんは、家の入り口の前に立ちはだかる。 「ねえ、ミーシャ。フェネル。考え直しなさい。 私は、あなた達のことを思って、言っているの。 このまま、あなた達を行かせれば、二人とも生きては帰れないわ。 あなた達が死んしまうと、セレン君はすごく悲しむわ」  リナートさんは、左右に両腕を開いて、私たちの進路を阻む。 「リナートさんどいてよ! 私はセレンを助けなきゃならないの! たとえ、私の命と引き換えでもよ! セレンが助かるなら、私は死んだって本望だわ!」 「ミーシャ……どうしてわかってくれないの?」  リナートさんは悲しそうな顔つきでミーシャを見下ろす。  そのときだった。  ミーシャは素早く、腰の剣を引き抜き、リナートさんに向かい、肩から体当たりをした。  前のめりに、倒れるリナートさん。  崩れ落ちるリナートさんの腹部には、ミーシャの右腕に握られた、剣の柄がめり込んでいた。 「リナートさん、ごめんなさい。でも、私はどうしても行かなきゃならないの。 セレンのこと。お願いします」  ミーシャは倒れた、リナートさんの耳元でそう呟くと、ゆっくりと立ち上がった。 「フェネル、覚悟はできてる?」 「もちろん!」 「村の中で誰かに見つかると面倒だわ。村はずれの川まで一気に走るわよ」 「うん」  私たちは、セレンさんを助けるため。  走り出した。 「ねえミーシャ」  私は、荒い呼吸を整えようと、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。 「なに?」 「一つだけ、渡しておきたいものがあるの」  私は、腰帯にさしていた剣を鞘ごと抜き取ると、ミーシャに手渡す。 「これは……昨夜セレンが持って帰ってきた剣ね」  その剣はターナの戦士が持つ“魔人殺し剣”と呼ばれる鋼の大剣に比べて、随分と、小ぶりであった。  柄の長さも、短く、どちらかと言うと片手で持って、振り回すような剣であった。  ミーシャは剣を革の鞘から引き抜くと、二、三度素振りをして見せた。 「これ、どうやら魔剣みたいね」  剣の柄、刀身に刻まれた不可解な魔法文字と、 刀身から発する淡い光が、それを証明していた。 「こんなもの、一体どうしたのよ」 「それ、レティアさんの剣よ」  私は静かに、言葉を続ける。 「レティアさんの形見の品」  ミーシャは、表情一つ変えずに、黙り込んだ。  しばらくして、ゆっくりと口を開く。 「あんた達が、あんな状態で帰ってきた時からなんとなく、想像はしていたわ。 それにね。今はセレンがあんな状況だもの。 レティアさんには悪いけど、今の私たちに悲しんでいる暇なんてないわ」  ミーシャは、気丈にもそう言い放つ。 「ミーシャ。その剣はあなたに使ってもらいたいの。私は剣を使えないし。 きっとその方が、レティアさんも喜んでくれると思うの」 「そうね。それじゃあ、ありがたく使わせてもらうわ」  そして、ミーシャは腰に下げている剣と、私が渡した魔剣を取り替えた。 「フェネル。そろそろ、行くわよ。時間が無いわ」 「うん」  ミーシャの言葉に私はこくりと頷いた。 「ミーシャ、私たちが目指す“月と静寂の天使を祭った神殿跡”は “迷いの森を北東に抜けた所”にあるわ。 とりあえず、川の上流を目指して、迷いの森まで行きましょう」  私たちは、急ぎ足に歩き出す。  前を歩いていたミーシャは不意に足を止めた。 「そういえばフェネル。私、前からあなたに聞いてみたいことがあったんだけど」 「なに?」 「あんた、セレンのこと好きでしょ?」  私はミーシャの唐突な質問に、言葉を詰まらせた。  私は…… 1.「そんなこと……ないわ」 2.「……うん」 「そんなこと……ないわ」  私は思わず、そう言ってしまう。 「……うん」  私はゆっくりと頷いた。 「ふ~ん」  私の言葉に、ミーシャは興味深げに、私の顔をまじまじと見つめる。 「もう、何よ。ミーシャったら」 「フェネルのために、一つアドバイスしといてあげるわ」  そう言ってミーシャは、腕を組んだ。 「あいつ、呆れるぐらい人の気持ちに鈍感な男よ。 あんたの気持ち、ちゃんと言葉にしてわからせないと、一生気づかれないわよ」 「わたしは……別にいいのよ」  私は、ゆっくりと目を閉じて、言葉を吐き出した。 「私はいいのよ。今こうして、セレンさんを手伝うことのできる白魔法使いでいられるのだし。 それに……セレンさんには、他に好きな娘がいるかもしれないじゃない。 ほら。私って他の娘と違って髪の色、変だし。肌の色だって、瞳の色だって……」 「フェネルまだそんなことを……」  私の言葉に、ミーシャは悲しそうな顔をした。 「フェネル、あなたは、あなた自身が思っている以上に綺麗だわ。 それに、人は外見じゃない。中身よ」  ミーシャは右手の親指で、自分の胸を力強く、指し示す。 「人はハートよ! ハート! わかる? 外見なんか関係なのよ。 強い信念ときれいな心。それが、本当に人にとって大切なものなのよ!!」  ミーシャはそこまで一気に言って、ぽんと私の方を叩いた。 「だから、フェネル。自分を信じて、もっと自信を持ちなさい!」  そう言ってミーシャは笑みを浮かべた。  私が、子供の頃。  まだセレンさんが、ターナに来るよりもずっと、前の頃。  私が、髪の色のことで近所の子供に苛められると。  必ず、ミーシャは私を助け、励ましてくれた。  あの頃から。  ミーシャは私にとって、かけがえのない、大切な親友だった。 「ありがとう、ミーシャ」 「わかればいいのよ」  ミーシャは照れた笑いを浮かべた。 「んで、神殿跡はどっちの方角だっけ?」 「ここから、森を北東の方角に抜けたところよ」 「じゃあ、神殿目指して出発ね!」  ミーシャは元気よく歩き出す。  私は、その後をゆっくりと歩き出した。  丘の上に、私たちが目指す神殿跡が見える。 「あれが、例の神殿跡ね」  ミーシャは神殿跡を眺めながら、そう呟く。 「おばあちゃんに聞いたんだけど。昔。といっても30年ぐらい前だけど。 ターナの人々はあの神殿の周りに、村を作って、生活していたんですって」 「へー、でもなんで、彼らは今のところに移り住んだのかしら」 「魔人の大群の襲撃があって、それで、あそこが滅びたから。 今も、村を襲った魔人たちは、あそこに留まっているそうよ。 だから、レティアさんは、あそこが魔人の巣窟だって言っていたのよ」 「なるほどね。で、フェネルの言っていた呪いの力を弱める湧き水の話だけど」 「これも聞いた話だけど。 神殿の奥にその水が湧き出す“泉”があるらしいの。 でも、神殿の奥まで行く必要は無いと思う。 その泉は神殿から流れ出しているという話だから」  ミーシャは額を手でおさえ、考えにふける。 「問題は、魔人よね。特に、作戦らしい作戦もなしに、飛び出して来てしまったから」 「どのぐらいの数がいるのかも、わからないしね」  私たちは考えを巡らす。 「フェネル、なんか良い方法思いつかない?」 「う~ん」  しばらくの沈黙の後。  私は不意に口を開いた。 「白き光明……」 「へ?」 「“白き光明”の白魔法よ。あれを使えば、複数の魔人と戦わずに済むことができるわ」 「フェネル。それ、ナイスだわ!」  ミーシャは、私の言葉を理解したのが、顔に笑みを浮かべた。 「作戦としては片方が、水をくんでいる間に、片方が、魔法を唱えつづけて、魔人を無力化するって感じね」 「うん、そんな感じ」  ミーシャにうなずき返す私。 「問題は、どっちが水を汲んで、どっちが魔人を引き付けるかだけど……」 「ミーシャ、私が魔人を引き付けるわ。ミーシャがその間に水をくんで」  私は、ミーシャに提案した。  ミーシャは私の顔をしばらく見つづけた後、ゆっくりと口を開く。 「わかった。フェネル頼んだわよ。信頼しているからね相棒」  作戦は決まった。  後は、実行するのみ。  私たちは、魔人の巣窟と化した、神殿跡へ向かう。  神殿の前には私の目に見える限り、八体の魔人が見えた。  神殿から流れ出している、小川を視界の隅に確認する。 「ミーシャ、あれ」 「わかっているわ」  小声でやり取りをする私たち。 「フェネル、作戦通りに一気にいくわよ。覚悟はいい?」 「大丈夫よ」  そして、私たちは。  身を隠していた草むらから、一気に飛び出した。  ミーシャは神殿から流れ出している小川を目指し、全力疾走を開始する。  そんなミーシャを視界の端に確認しつつ、私は杖を頭上に掲げながら、魔人達に歩みよる。   遥かなる天上に住みし月の使者よ   我願う   闇を切り裂く白く輝く光を我に与えよ  私の静かな詠唱が、辺りに響き渡る。  刹那。  白い閃光が、私の頭上で爆発した。  その光は、辺りの空間を真っ白にし、飲み込む。  光が、消え去ったあと。  私はゆっくりと、閉じていた目を開いた。  目を焼かれ、視界を奪われた魔人たちが所々に、うずくまっていた。  そのうちの一体が、うずくまりながら、咆哮を上げる。  それに呼応するかのように、視界を奪われた魔人たちは次々に咆哮を上げ始めた。  まずい。  魔人は、仲間を呼んでいるのだ。 「ミーシャ!!」  私は、大声で親友の名前を呼んだ。  彼女は膨らんだ、革の水袋を右手に持ち、こちらに向かって走っているところだった。 「フェネル、このまま全力で逃げるわよ!!」 「うん!!」  私は、ミーシャが私のすぐ近くまで来たことを確認すると、倒れている魔人を背に、 全力で走り出した。  思っていたよりもずっとうまくいった。  これで。  これで、セレンさんを助けることができる。  私の頭の中はそんな考えで一杯だった。  ちっ、と横を平走しているミーシャが舌打ちした。  すでに、視力が回復した魔人か。  それともまた、別の魔人なのか。  後ろから追っ手が迫っている。  まだ、随分と距離が離れているが、魔人の足は人間に比べて、若干速い。  追いつかれるのは時間の問題だった。  そして。  私たちが、目指す森の入り口に。  神殿跡の魔人の咆哮を聞きつけたのか、一体の魔人が待ち受けていた。 「フェネル! 女は度胸よ!! 押し通るわ!!!」  そう叫んで、ミーシャは形見の魔剣を引き抜き、魔人へと疾走する。  わたしも、ミーシャの後に、続いた。  私たちに休む暇はない。  後ろから、複数の魔人が迫っているのだ。  私たちは再び、全力で走り出す。  さっきからずっと走り通しだ。  足の筋肉が悲鳴をあげている。  心臓が、破裂しそうだった。  それでも、私たちに止まることは許されない。  立ち止まることは、私たちの死を意味していた。  そして、それは。  セレンさんも、死んでしまうことを意味しているのだ。  是が非でも、この水を村まで生きて持って帰らなければならない。  だから。  だから、私たちは立ち止まれない。  私たちは必死に走った。  そんな私たちの目の前に、また一体の魔人が姿をあらわす。  どうするのかなんて、もう決まっていた。  押し通るしかないのだ。  ミーシャは荒い息をつきながらも、魔人の血で、赤く染まった魔剣を再び振り上げる。  魔人の体が、ゆっくりと崩れ落ちた。  それを確認し、私は無言で走り出そうとする。  が、ミーシャは動かない。 「ミーシャ!!」 「だめなの。さっきの戦いで足を挫いてしまったみたい。もう……走れそうにないわ」  ミーシャは右足を一歩踏み出しただけで、苦痛の表情を浮かべた。 「ミーシャ、諦めないで! 私が肩を貸すから!!」 「だめよ。こんな足で逃げたって、魔人にすぐに追いつかれるのは、わかりきってる」  そう言って、ミーシャは私に、水の入った皮袋を差し出した。 「行きなさい、フェネル。時間が無いわ!」 「だって、ミーシャ」 「早く行きなさいよ!!」  ミーシャは、私に向かって怒鳴り散らした。  そんなミーシャを目の前にして。  私は。 1.ミーシャ一人を置いて行くことなんてできないわ!! 2.……わかったわ 「ミーシャ一人を置いて行くことなんてできないわ!!」  私は大声でミーシャに言い返した。 「バカっ!」  ミーシャはそう言うと同時に、私の頬を思い切り、平手で叩いた。  突然襲ってきたあまりの熱く、痛い、感触に、私は右の頬を手でおさえる。 「あんた、なに言ってるのかわかってるの!! 私たちはセレンを助けに来たのよ! その水を村まで届けないとセレンは助からないのはわかってるでしょ! 今、それが、できるのはあなただけなの!」  ミーシャはすごい剣幕で一気にまくし立てる。 「だから、お願い! フェネル。セレンの命を助けてよ!!」 「ミーシャ……わたし……」 「フェネル。何泣いているのよ。涙を拭いなさい」  ミーシャはやさしい口調で私に話しかける。  私は知らぬ間に泣いていた。  涙が止め処もなくあふれ出る。 「……わかったわ」  言い終えて、私の目に熱いものこみ上げてくる。 「セレンさんの命は。私の命に代えても、絶対に助けるから……」 「あたりまえよ。それより、ほら。フェネル。なに泣いているのよ。涙を拭いなさい」  ミーシャはやさしい口調で私に話しかける。  その時だった。  ミーシャの背後に、黒く、大きい影がゆっくりと姿をあらわす。  その影は、ゆっくりとその丸太のような太い腕を振り上げ、そして振り下ろした。 「ミーシャ!!」  それに私の叫びが重なった。  ミーシャは声も上げずに、ゆっくりと、前のめりに崩れ落ちる。  倒れたミーシャの背中には、三つの平行に走る深い傷痕が、刻み込まれていた。 「ミーシャ! ミーシャしっかりしてよ!! ミーシャ!!!」  辺りに、私の悲痛な叫びが木霊する。  私の頭からはもう何もかもが消えていた。  目の前に、倒れたミーシャがいる。  少しも動かない。  ミーシャを。  ミーシャを助けないと。  しかし、私のそんな想いとは裏腹に、私の体は少しも動いてはくれなかった。  ミーシャを傷つけた、目の前の巨大な魔人に。  私の体は怯え、震えていた。  あまりの恐怖に体が動かない。  再び、魔人はゆっくりとその腕を振り上げた。  次の瞬間。  一陣の風が、私の目の前を吹きぬけた。  赤い血が私の顔に降りかかる。  切断された太い魔人の腕がごとりと、私の目の前に転がった。  そして。  一呼吸置いて、次に私の目の前に転がり落ちたものは、魔人の首であった。 「フェネル! 大丈夫か!」  黒い髪を後ろで束ねた長身の戦士が、私を見下ろしていた。  手には、大剣が握られている。  兄さんであった。  私は、兄さんの顔を見て、ほっとしたのか、膝の力が抜け、その場にぺたりと、座り込んだ。  膝が、がくがくと震えていた。  足に力が、はいらなかった。 「なんとか、危機一髪というところだったわね」  後ろから、リナートさんの声が聞こえた。  白い衣服に、木の杖を携えていた。 「リナート、フェネルとミーシャの傷の具合を見てやってくれ。特にミーシャの方の傷がひどい」 「わかってる。ノルムも気をつけて」  そう言うと、リナートさんは倒れているミーシャの傍らに座り込み、傷の手当てを始める。  私の周りには兄さんとリナートさんの他に、戦士と白魔法使いの組が、二組がいた。 「ノルム、向こうから八体程の魔人の群れがこちらに迫ってきているぞ」  若い戦士の一人が、兄さんに向かい声を荒げる。 「数が多いな。このお嬢ちゃんたちを守りながら戦うのは、少々荷が重いな。 ノルム、引くか?」  別の初老の戦士が意見を求める。 「いや、引くわけには行かない。動かすにはミーシャの傷が酷すぎる。皆には悪いが、攻めの一手だ」  そう言うと兄さんは、こちらにすごい勢いで迫り来る、魔人の群れに視線を移す。 「私は魔人の群れの正面から一気に切り込む。 ゼノとアキの組は、魔人の群れの右側面に回り込んで、仕掛けてくれ。 ヒーリックとクレハの組は、後ろの怪我人の身を守れ。私たちが、打ち漏らした魔人を残らず仕留めるんだ」  兄さんはテキパキと戦士と魔法使いの二組に、指示をしていく。 「それじゃあ、戦闘開始だ。誰も死ぬなよ!」  そして。  ターナの戦士と白魔法使い達は各々の得物を手に、魔人の群れへと疾駆する。  私はそんな彼らの姿を。  震えて見ているだけしかできなかった。  体がすごくだるい。  それになんだか蒸し暑い。  体中が汗でべとべとだ。  気持ち悪い。  僕は、あまりの気持ち悪さに、ゆっくりと目を覚ました。  窓から差し込む赤い夕日が、妙にまぶしかった。  どうやら、随分と朝寝坊をしてしまったようだ。  体の節々が痛い。  ずっと長い間、寝ていたからかもしれない。  それにしても、なんで僕はこんな夕方に目を覚ましたのだろう。  ミーシャは起こしてくれなかったのだろうか?  いろいろな疑問が頭に浮かび上がってくる。  その時、茶碗の割れる音が、部屋に響き渡った。  僕は、ゆっくりと視線を移動させながら、音がした方を振り向く。  そこには、フェネルが立っていた。  僕を何か珍しいものでも見るかのように、驚いたような表情で見つめている。  足元には、粉々に砕け散った陶器の茶碗が散らばり、床が水浸しになっていた。  なんで、僕の家にフェネルがいるのだろう。  そんな、疑問が頭に浮かんだが、僕はそれとは全く別のこと口にした。 「フェネル、茶碗を割ったら危ないよ」  僕の言葉にフェネルは、口元に手を当てながら、僕をみつめていた。  フェネルのその青い瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。  なんで、彼女は泣いているんだ?  僕の頭に、次々と疑問が湧いてくる。 「ミーシャ! ミーシャ!! セレンさんが!」  フェネルの大声が部屋中に響き渡る。  しばらくして、部屋の奥から、どたばたと音を立てながら、ミーシャが姿を表した。 「セレン、やっと目を覚ましたのね!」 「やあ、おはよう」  そんな、ミーシャに僕はいつも通り声をかける。 「全く、本当に人を心配させて」  そうして。  ミーシャとフェネルは文字通り、僕を見て、泣いて喜ぶのだった。  それから。  僕は、ミーシャから色々と聞かされた。  僕が、魔人の呪いにかかり、瀕死の重症を負っていたこと。  その呪いを解くために、ミーシャとフェネルが無謀にも、魔人の巣窟である、神殿跡へ赴いたこと。  そして、その帰り道、絶体絶命のピンチに陥ったとき、 ノルムさんを含む六人のターナの戦士たちに助けられたこと。  ミーシャはまるで、冒険談を話すかのように、身振り手振りを交えて僕に語った。  そして僕は。  ミーシャ達の取ってきた、呪いの力を弱める“湧き水”のおかげにより、 何とか一命を取りとめることが出来たのだそうだ。  しかし、あまりにも体の衰弱が激しく、そのあと十日間、眠りっぱなしだったそうだ。  そんな僕を、フェネルとミーシャは献身的に看護し続けた。  だからこそ、僕は生きていられるのだ。  だから、あんたは死ぬまで私とフェネルに感謝しつづける義務があるわ、とミーシャはぶっきらぼうに言った。  そんな、ミーシャの言葉に、僕は真顔で、うん、と答えた。  僕はそれから、いつも通りの体調を取り戻すまでに、また二週間の時間を費やした。  しばらくたつと、体の調子もある程度良くなり、毎日の平和な時間の中で、僕は暇を持て余すようなった。  そんな、ある日の午後。  ノルムさんは、僕を剣の練習に誘ってくれた。  目の前に、大剣が振り下ろされる。  僕は、持っていた大剣で、振り下ろされた剣を真横からはじいた。  甲高い、金属と金属がぶつかり合う音が、辺りに木霊する。  僕は後ろにとび、目の前の大剣を構えた戦士から、間合いを取った。  目の前には大剣を正眼に構えた、ノルムさんがいた。  その大剣は練習用にと、刃がつぶされているものの、人の身でまともに食らえば、死ぬことだってある。  いかに、練習といえども、気は抜けない。  僕の背中に、冷たい汗が一筋流れ落ちた。  僕は大剣を正眼に構えたまま、ノルムさんに向かい突っ込む。  そのまま、相手の喉下を狙って、剣の切っ先を突き入れた。  しかし、ノルムさんはその突きを優雅に、受け流す。  僕は攻撃の手を緩めない。  剣を振り上げ、相手の頭をめがけて振り下ろす。  すぐにはじかれるものの、そのまま剣を横に振りかぶり、胴を薙ぐように二撃目を叩き込む。  僕は連続で攻撃を続けた。  しかし、ノルムさんはその攻撃の全てをかわし、あるは受け流し、防ぎきる。  僕は、不意に右足でノルムさんの腹を蹴り上げた。  両腕から繰り出される、剣の攻撃を防ぐのに集中していたノルムさんは、その蹴りを避けることができない。  僕の蹴りが、ノルムさんのわき腹に食い込み、ノルムさんは後ろに激しく、吹っ飛ぶ。  蹴りの手ごたえが、ぜんぜん無い。  おそらく。  ノルムさんは自ら、後ろに跳んで、蹴りの威力を殺したのだ。  ターナの戦士が使う、“浮身”と呼ばれる防御術であった。  しかし、体勢が崩れたことには変わりない。  僕は、追撃の一撃をノルムさんに振り下ろす。  ノルムさんは体をよじって、僕のその一撃を紙一重でかわす。  僕は二撃目を繰り出そうと、再び大剣を振りかぶった。  次の瞬間。  ノルムさんの左の蹴りが、僕の顔面に迫る。  僕は反射的に、左腕で顎を覆った。  ノルムさんの蹴りが、左腕ごと、僕の顎を蹴り上げる。  激しい衝撃が、僕の顎を突き抜ける。  蹴りによる致命傷は何とか防げたものの、ガードした左腕が、真上に弾き飛ばされた。  そこへ、ノルムさんの斬撃が僕に迫る。  残った右腕だけでは受けきれない。  僕は、ぺたりと尻餅をついた。  目の前に、大剣の切っ先がぴたりと、止まっていた。 「おしかったね」  ノルムさんはそう言うと、にこりと笑って見せた。 「あ~、もう。残念ね。もう少しだったのに~」  そんな僕らの練習を横で、眺めていたミーシャがため息を漏らした。 「いやいや。セレンくんの戦闘センスには驚くものがあるよ。 私が、成人の儀式を迎える十八の頃だったら、今のセレンくんにひと太刀も浴びせることなんて、出来ないだろうね」  そう言って、ノルムさんは腰の手ぬぐいで、汗をぬぐった。 「さすがはターナの英雄ユークリッドさんの息子さんと言うべきかな。血は争えないね」  ノルムさんは練習用の大剣を肩に担ぐ。 「もう一本お願いします」  僕は立ち上がって、再び剣を構えた。  そんな僕を見て、ノルムさんは左腕で頭をぼりぼりと掻く。 「いや、やめにしよう。もうそろそろ、夕食の時間だ。 フェネルが家でおいしい料理を作っていてくれてる頃だし。 もしよければ、ミーシャとセレンくんも一緒にどうだい?」  そう言ってノルムさんは僕とミーシャの顔を交互に見た。 「それじゃあ、是非ご一緒させてもらうわ。セレンもそれでいいでしょ?」 「うん」  ミーシャの嬉しそうな言葉に、僕は首を縦にふった。  目の前のテーブルには、かなりの量のご馳走が並んでいた。  焼きたてのパンに、コンソメのスープ。鶏肉のスパイス焼き。野菜の炒め物など。  フェネル一人で作るには、随分と大変だったろう。 「今日は腕によりをかけて、作ったのよ」  フェネルはそう言って、僕に、にこりと笑って見せた。  そんな、彼女の笑顔を見て。  僕は、どきりとする 「いっただきまーす」  ミーシャは元気よく言って、食事を取り始める。  僕もそれに習い、食事をとり始める。  食事中の話題は主に、ミーシャとフェネルが神殿跡へ、例の水を取りに行った時の冒険談であった。  ミーシャがそれを面白おかしく、喋り、フェネルがそれに付け足すように注釈を入れていく。  ノルムさんはそれを終始笑顔で聞いていたし、僕もそうだった。  そういえば。  こうして、フェネルの手料理を食べるのは、初めてであった。  食事の味だが、思っていたよりもかなり美味しい。  いや、違う。  ミーシャの作る料理より、かなり美味しいのだ。  いままで、ミーシャは料理がかなり上手だと思っていたが、上には上がいるものだ。  食事の後、お茶を飲みながらぼーっとしていた僕に、ノルムさんが口を開いた。 「セレンくん。君とフェネルに、明日の朝一で少し頼みたいことがあるんだが」 「なんですか?」  僕は、聞き返す。 「いや、簡単な仕事なんだ。あるところまで二人分の食料や霊薬などの物資を届けてもらいたいんだ」 「いいですよ」  僕は、ノルムさん頼みに、即答する。 「悪いね、病み上がりの君にこんなことを頼んでしまって」 「いや、体の具合はもういいですし。それに。もう、そろそろ、暇な毎日に退屈していたところですから」 「じゃあ、明日の朝、ここにきてくれないか。明日までには持っていく物資も用意できているはずだから」 「わかりました」 「あと、持っていく場所はフェネルに教えてある。危険は無いとは思うが、宜しく頼んだよ」  そう言って、ノルムさんは片目を閉じた。  しばらくして、僕とミーシャはフェネルたちの家を、後にした。  明日の朝。  久しぶりに、村の外に出るんだな。  なんだか、心が弾む。  どうやら、僕は、さっきノルムさんに言ったとおり、毎日の生活に随分と退屈をしていたようだ。 「なんだか、嬉しそうね」  横を歩いていたミーシャが僕に声をかける。 「なんかね。嬉しいんだよ」 「変なの」  そんな、なんでもないことを話しながら僕とミーシャは帰途に着く。  明日の朝は早い。  今日は、早めに寝ることにしよう。  僕は、そう、心の中で呟いた。  翌朝。  僕は、手早く準備に取り掛かる。  厚手の服を着込み、革の鎧を取り付ける。  前に使っていた奴は、例の一件でずたぼろに切り裂かれたので、今つけているのは真新しい、新品のものであった。  必要な荷物が入った背負い袋を持ち、遺跡で見つけた名も無き魔剣を手にする。 「まあ、あまり無理しない程度にがんばってらっしゃい」  そんなミーシャの言葉に送り出され。  僕はフェネルの家へと向かう。  フェネルはもう準備が出来ている様子だった。  横の床に、二つの背負い袋が用意されていた。 「おはようございます」  フェネルは僕を見つけると、丁寧に朝の挨拶をした。 「うん、おはよう。ノルムさんは?」 「兄さんは、別の用事があるからと出かけてしまいました」 「ふ~ん。そうなの」  僕はそう言って、床に用意されている二つの背負い袋に視線を移した。 「これ、もってくの?」 「はい」 「で、一体どこまで持ってくの?」 「迷いの森の奥に、レスティリアの花畑って言うのがあるんですけど、そこまでです。 迷いの森の入り口から、北西に森を抜けたところにあるって、兄から聞いています そこで、ゼノさんとアキさんの組に、これらを引き渡します」 「ああ、そこなら、ミーシャにつれられて一回行ったことがあるよ」  フェネルの言葉に僕はそう答える。 「それは、頼もしいわ」 「まあ、まかせてよ」  そう言って、僕は床に置かれていた背負い袋の一つを担ぎ上げる。 「んじゃ、そろそろ行くとするか」 「はい」  僕らは必要な荷物を持ち、出発するのだった。 「やっと、迷いの森の入り口まで着きましたね」 「レスティリアの花畑はここから北西の方角だ」 「はい」 「迷わないようにしないとね」  僕の言葉に、フェネルはゆっくりと頷く。  僕らは、引き続き歩を進めた。  そして、森を抜けると。  そこには白い花畑が広がっていた。  ここに来るのは二度目だ。 「すごく、綺麗な場所なんですね」  そよ風がフェネルの長い銀髪を揺らす。  その髪は、太陽の光を反射して、銀色に輝く。 「ゼノさんの組とは、どのぐらいに待ち合わせなの?」 「お昼ぐらいです」  そう言って、フェネルは太陽を見上げた。 「もう少しで、お昼頃です。少し待ちましょう」  フェネルは、草むらにどっかりと運んできた荷物を降ろし、自分は腰をおろした。  僕も、フェネルに習い、荷物を降ろし、草むらに座り込む。  それにしてもいい天気だ。  朝が早かったからかもしれないが、このまま横になれば寝てしまいそうだった。  僕は、ゆっくりと草むらに横になる。  吹き抜けるそよ風が、体に心地よい。 「セレンさん。私一つセレンさんにお礼を言っておきたいの」 「お礼?」 「うん。魔人に襲われたあの満月の夜。 セレンさんはひどい、怪我を負っていたにもかかわらず、私を負ぶって、村まで運んでくれたのでしょ」 「ああ、そのことか」  僕は、ミーシャから聞かされた話を思い出した。  あの満月の夜。  絶体絶命だった、あの魔人との戦いの後。  僕は傷ついたフェネルを担ぎ、ターナの村に傷だらけで帰ってきたという。    実のところ僕には、フェネルを背負って帰ってきた記憶が一切ないのだ。  それどころか、絶体絶命だったあの危機をどのように、かいくぐったのかも覚えていない。  ただ、頭の中に残っているのは、あの時魔人に感じた、怒りだけだった。 「実はね。その時のこと。よく覚えていないんだよ」  僕は正直にフェネルに話す。 「覚えてないの?」 「そう。もしかしたら、誰か。そうだな。月と静寂の天使が、助けてくれたのかもね。満月の夜だったし」  僕はそんなことを何気なく、口にする。  その時だった。  森から、二人の影が、勢いよく飛び出す。  身に付けているものから、ターナの戦士と白魔法使いだと言うことがすぐわかる。  初老の戦士と、若い娘だ。  それは。  ゼノさんとアキさんだった。  ゼノさんは、右腕からかなりの出血をしていた。 「フェネル!!」 「はい」  そう言って、僕は勢いよく跳ね起きる。  かたわらの魔剣を鞘から、素早く引き抜き、ゼノさんの元へ、全力で駆け出す。  次の瞬間。  ゼノさん達を追いかけていたのか、三体の魔物が森の茂みから飛び出した。  ゼノさんは動かない右腕をだらりと、下げ、左腕一本で大剣を構え、向かいうつ。  そして、襲いくる魔物に対して、大剣を振り下ろした。  しかし、大剣は空を斬るのみ。  魔物は巧みにゼノさんの初太刀を交わすと、一斉に彼に襲いかかった。  飛び散る血しぶきが、白い花畑を真っ赤に染める。  地面にごとりと、三体の魔物の死骸が転がった。 「すまぬな、小僧」 「いえ、たいしたことじゃないです」  僕は、血に染まる魔剣を振り、血を振り払う。 「お父様! 大丈夫ですか?!」  怪我をしているゼノさんに、アキさんが駆け寄る。 「出血がひどいみたい。早く、手当てをしないと」  アキさんは自分の衣服を破り、ゼノさんの右上腕部を硬く縛って、止血を始める。 「敵は後どのぐらい?」 「魔物が二匹、魔人が二体だ。ぬかるなよ、小僧」 「了解!」  僕は、森の茂みに対して、魔剣を正眼に構える。 「フェネル! アキさん達に持ってきた霊薬を渡してあげて」  僕は、僕の援護に回ろうとしていたフェネルに、そう言った。 「わかったわ」  フェネルは心配そうな顔をしながらも、持ってきた荷物が置いてあるところに、駆け出す。  次の瞬間、すごい勢いで、茂みから二体の魔物が飛び出してくる。  僕は、疾風の剣技でその黒い影を、ことごとく一刀両断にした。  後に残るのは切り刻まれた、黒い肉塊のみ。 「さすがは、ノルムが目をかけているだけのことはあるな」  ゼノさんは、大剣を支えにして、ゆっくりと立ち上がった。 「ゼノさん、後ろに下がっていてください。後は、僕たちがやります」 「そういうわけにも、いかぬだろうよ。わしにも、戦士としてのプライドがある」 「でも、右腕に怪我を」  僕は、ゼノさんの血の滴った右腕に視線を移す。  アキさんにより応急処置が施されていたものの、戦えるような状態じゃなかった。 「こんなもの、かすり傷よ。それに、小僧とそこのお嬢ちゃんだけで、魔人を二体相手にするのは、少々荷が重かろう」  ゼノさんは、片手で大剣を構える。 「セレンくん、とうさまは一度言い出したら聞かない性分なの。ごめんなさいね」  ゼノさんの隣に控えているアキさんは僕に、そう言うと、にこりと微笑んだ。  そして。  森の茂みから二体の魔人がゆっくりと姿をあらわした。  グルルルル……  低い唸り声をあげ、獰猛な赤く光る瞳をこちらに向けていた。  まるで、これから狩る獲物を、物色するような眼差しだった。  魔人の姿を認め、ゼノさんは気を吐いた。 「わしらは、右の魔人を仕留める。左の奴は小僧たちに任せたぞ!! アキ!! 援護せよ!」  ゼノさんは、その言葉と同時に、地を蹴る。  僕も、負けてはいられない。 「フェネル、いくよ!」 「はい!」  魔物の血にまみれた、白い花畑で。  僕らの戦いは始まった。  魔人は断末魔の叫びを上げ、絶命した。  足元に、崩れ落ちる魔人。  僕は、魔剣を振り上げると、倒れている魔人の首めがけて、剣を振り下ろした。  魔人の胴と首を、断ち切る。  切断面から、勢いよくどす黒い血が流れ出す。  魔人との戦いにおいて、倒した魔人の首を落とすのは、ターナでの古くからの習わしであった。  何故なら、魔人の生命力は、桁外れである。  魔人を殺したつもりで、魔人の死体から背を向けた瞬間に、命を失った戦士は数多くいる。  故に、魔人と戦うものは、注意深く魔人に止めを刺さなければならないのだ。  ふと横を見ると、ゼノさんとアキさん達の戦いはすでに決着がついていた。  全身に、突きを入れられ、首と両腕を切断された魔人の胴体が、白い花畑に転がっていた。  流れ出す赤黒い血が白い花を汚している。  ゼノさんは血のついた大剣を振り払う。  その剣は、淡く、白く輝く光に包まれていた。  アキさんの唱えた魔法“聖なる剣”であった。 「ありがとう。おかげで命が助かったわ」  アキさんは僕らに振り向いて、笑みを浮かべた。  その後。  僕らは必要な物資をゼノさん達に渡し、別れを告げた。  ゼノさん達は必要な薬草を取らねばならないとかで、しばらくしたら、村へ帰るとのことだった。 「さて、用は済ましたことだし。村へ帰ろうか」 「ええ。そうですね」  日は真上に上っていた。  丁度、お昼の時間帯だ。  僕らは軽い足取りで、村へ戻るのであった。  僕の後ろを横を歩いていたフェネルは、唐突に立ち止まる。 「ねえ、どうしたの?」 「セレンさん。何かおかしくありませんか?」  フェネルの言葉に、僕は眉をしかめる。 「おかしいって?」 「さっきからずっと、私たち、魔物と遭遇していません。 いつもなら、人間の匂いを嗅ぎつけただけで、襲ってくるのに」 「まあ、おかしいって言えばおかしいけど。でも、魔物に襲われたら困るのは僕らじゃないか。 たまには、こんな日があったって僕はいいと思うんだけど」  変なことを言う。  僕はそんなフェネルに、笑みを浮かべながら答える。  しかし、フェネルは不安げな表情をする。 「何か、胸騒ぎがするの。嫌な予感がする」 「フェネルがそう言うのなら。今日はいつもより注意深く帰ろう。 もしかしたら、魔物がどっかで待ち伏せをしているのかもしれないしね」  僕は、片目をつぶって彼女の肩をぽんと叩く。  フェネルは一体何をそんなに、不安がっているのだろう。  空は、青く。いつにもまして晴れ渡り、僕としては、こんな気分のいい日はない。  こんな天気のいい日は、村の外れの草むらで、昼寝でもしたら、とても気持ちがいいだろうに。  僕は、あくびをかみ殺しながら、そんなことを考えていた。  まあ、とりあえず。  今は、早く村に帰ってゆっくりと休みたい。  今日は、朝が早かったから、いつもより眠たいや。 「さ、行こう」  僕はフェネルにそう言って、再び歩き始めた。    下流の方で、誰かの悲鳴のような声が聞こえた。 「セレンさん!!」  フェネルにも、その悲鳴は聞こえたのか、彼女は僕に振り返る。 「わかってる」 「何か、すごく嫌な予感がします。急いで村に戻りましょう!」  僕らは走りながら、川沿いを下流に向かう。  村外れの川。  血の匂いがあたりに広がっていた。  そこで、僕らが見たものは。  血を流して地面に倒れている、壮年の戦士と魔法使いだ。  戦士の方は肩口から胴にかけ、酷い傷痕が刻まれていた。  女の魔法使いの方は、胸を鋭いものでひと突きされた後がある。  どちらも、致命傷であり、二人ともすでに事切れていた。  すぐ目の前で、若い魔法使いと戦士の一組が、魔人二体を相手に戦っている。  そのうち、一体の魔人は魔剣をたずさえていた。  彼らは明らかに、劣勢に立たされていた。  このまま放っておけば、殺されるのは時間の問題であった。 「援護する!!」  僕は大きく叫んで、背負っていた魔剣を抜き放つ。  そして、巨大な魔剣を持つ魔人に狙いをつけ、疾走した。  フェネルも無言で、僕の後についてくる。  魔人が、こちらに気づいた。  そして、ゆっくりと巨大な魔剣を振りかぶる。  僕の頭の中で、警告の早鐘が打ち鳴らされた。   振り下ろされる、巨大な魔剣。  僕は咄嗟に剣を構え、防御の姿勢をとる。  耳に響く、金属音。  とてつもない衝撃に、後方に、吹き飛ばされる。  剣を持つ腕がしびれる。  あの時と。  あの時と同じだ。  僕は一歩後ろに下がり、魔剣を構えなおす。 「セレンさん……」  後ろにいるフェネルが不安げに声をかけてくる。  魔人は、僕らに向かいゆっくりとにじり寄ってくる。  ここで。  ここで、引いていてはだめだ。  攻めないと。  しかし、僕の体は動かない。  それどころか、剣を持つ腕が震えていた。  もしかして。  僕は、あの魔人に怯えているのか?  だから、体が恐怖で動かない?  僕はもう一歩、後ずさりした。  あの夜の戦いのことが、頭にちらつく。  僕は。  明らかに、魔人との戦いに恐怖していた。  その時。  剣を持つ腕にやわらかい感触が感じられた。  フェネルだった。  フェネルは、恐怖に震える僕の腕をきつく掴み、真剣な眼差しで僕を見詰めていた。  そして、その端整な口をゆっくりと開く。 「セレンさん。恐れていては駄目。恐れは何も生み出さないわ。勇気を振り絞りなさい」  フェネルのその言葉が、僕の頭の中に静かに響き渡る。 「それに、セレンさん、私を守ってくれるって言ったじゃない。 あの言葉はうそだったの? あなたは、自分が思っている以上に強く、誇り高き戦士だわ。 私はセレンさんのことを信じてる。 私とあなたが、勇気をもって、全力で戦えば、勝てない魔人など決していないわ!!」  そこまで言って、フェネルは僕の腕から手を離した。  そう。  僕は、彼女を守ると心に誓ったのだ。  こんなところで、臆病風に吹かれていくわけにはいかないんだ! 「悪い、フェネル。もう大丈夫」  僕はそう彼女に呟いて、ゆっくりと魔剣を構えなおす。  そんな僕らに、魔人はゆっくりとにじり寄ってくる。   僕は、魔剣についた血を振り払った。  ちょうど、隣で戦っていた若い魔法使いと戦士の組も魔人を仕留め終えたところであった。 「ありがとう、危ないところを助かったわ」  魔法使いの娘が僕らに声をかけてきた。 「魔人が何でこんなところに? 一体どうなっているんだ?」  そんな彼女に僕は言葉を返さず、率直に質問をする。 「魔人が群れをなして、村を襲ったの。ここは村の外れだから、まだいい方。 村の中心部は、酷いありさまだわ。 村ではたくさんの死人が出ている。 現在、ノルムさんが中心になって魔人たちと戦っているのだけど……」  魔法使いの娘は、そこまでを一気に口にする。  大体、状況はつかめた。  でも何で、魔人が“群れ”をなして村を襲ったのだろうか?  そもそも、魔人が集団で行動するなど、聞いたことが無かった。 「セレンさん。村の皆が心配だわ。私達も加勢しに向かいましょう」 「ああ、わかってる」  僕らは、目の前の魔法使いと戦士に別れを告げ、村の中心へと駆け出した。  目の前に、二体の魔人が立ちふさがる。 「そう簡単に通してはくれない訳だ」 「セレンさん、来ますよ!!」  フェネルの言葉と同時に魔人は僕らに襲い掛かる。  一体目の魔人をほふる。  そして、すぐさま僕らに二体目の魔人が襲い掛かる。 「なんとか、倒したみたいだな」  二体の魔人を倒したあと。  一息ついている僕の耳にフェネルの緊迫した叫びが飛び込んでくる。 「セレンさん新手です!!!」  川の方へ首を巡らすと、別の二体の魔人がこちらに凄い速さで接近してくる。 「これじゃあ、いくら戦ってもきりが無いな。 フェネル、“白き光明”の魔法を使ってくれ」  「はい!」  僕は、フェネルを庇うように彼女の前に立ち、魔剣を構える。  フェネルは呼吸を整えると、ゆっくりと詠唱を開始する。   遥かなる天上に住みし月の使者よ   我願う   闇を切り裂く白く輝く光を我に与えよ  フェネルは高らかに杖を掲げる。  瞬間、空中に真っ白な光が出現。  急速にその光量を増していく。  ぐおおおおおおおおお。  目を焼かれた二体の魔人はその醜悪な顔に両腕をその場で咆哮を上げた。 「フェネル、今のうちだ。行こう!!」 「はい!」  僕らはうずくまる二体の魔人をあとに、駆け出す。  村の中央はもうすぐだ。  僕たちが走り抜ける道の脇には、もう消して動くことの無いであろう村の住人の亡骸が、生々しいい姿で横たわっていた。  ミーシャが。  ミーシャが心配だ。  あの、お転婆で勇敢な姉のことだ。  この魔人の襲撃に、逃げることなど、決してしないであろう。  他の村の人を救うために、剣をとり、戦っているはずだ。  たのむ。  たのむから、死なないでくれ。  僕は心の奥で、そう強く想いながら走っていた。  僕は全力で走りつづける。  フェネルもたのもしく、少しも遅れずに僕の後についてきてくれる。  彼女の激しい呼吸が、すぐ後ろで聞こえていた。  魔人と村の人々の戦いは、思った以上に、激しいものであった。  ターナの村人は子供以外、全員優れた戦士あるいは白魔法使いである。  身を守ることが出来ない子供達を守るため、壮年の男の戦士はもちろんのこと、女、老人までもが 剣、杖をとり、命を賭して、勇敢に戦っていた。  僕らは、人を襲っている魔人が目の前に現れると、手当たり次第に、斬りつけ、胴をなぎ、首を切り落とした。 「ミーシャ!!」  魔人との人との乱戦の中。  僕は姉の姿を見つけ、大声で彼女の名前を叫ぶ。  ミーシャは勇敢にも一人で魔人と切り結んでいた。  魔人は満身創痍の状況であり、ミーシャの服は魔人の返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。 「セレン!!」  ミーシャも僕に気づいたのか、僕の方を向き、僕の名を呼んだ。  しかし、それが良くなかった。  一瞬、僕に気を取られたミーシャは、魔人の鋭い爪で腹部を深く、切り裂かれる。  吹き上がる鮮血。  剣と杖が地に転がり落ち、ゆっくりと、ミーシャは崩れ落ちる。 「ミーシャ!!!!」  僕は再び彼女の名前を呼んだ。  ミーシャが。  ミーシャが殺される。  早く。  早く、ミーシャを助けないと。  しかし、僕たちの目の前には別の魔人が、二体、立ちふさがっていた。  僕は、一直線に二体の魔人へと突っ込んだ。  そんな僕に、真上から、魔人の鋭い爪が振り下ろされる。  僕はその爪をかいくぐり、魔人の横をすり抜けると同時に、魔人の胴をないだ。  鋭い切れ味を持つ魔剣は、渾身の速度で振りぬかれ、魔人の胴を真っ二つに切断する。  魔人の上半身が前のめりに、地面に落下する。  上半身を失った下半身は、切断面から大量の赤い血を噴出した後、ゆっくりと崩れ落ちた。  一体目の魔人を葬った僕の前に、二体目の魔人が立ちふさがる。 「どけよ!! ミーシャが!! 僕の姉さんが!!」  ミーシャを傷つけた満身創痍の魔人は、ミーシャに止めを刺そうと、ゆっくりと右腕を振り上げた。 「やめろーーーー!!!!!」  僕は叫びながら、目の前の魔人の横をすり抜けざま、剣で胴をないだ。  しかし、魔人のひざ蹴りが、僕のみぞおちを襲う。  腹部に、魔人の鋼鉄のごとく硬い膝がめり込む。  体の力が抜ける。  僕はこのまま、ミーシャを助けることが出来ないのか。  いや、そんなことは無い。  助けないと。  僕は、一生後悔する。  僕は、無我夢中で全身の力を振り絞った。  だらりと、力なく、手からぶら下がっている魔剣を跳ね上げる。  目の前の魔人の股間から腹部、胸、首まで一気に切り上げた。  魔人のその巨大な体躯に、一筋の縦に走る傷痕が刻まれる。  そして、返す剣で、魔人の太いその首を真横に断ち切った。  魔人の首が地面に転がり落ち、続いてその首の無い巨体がどしりと、地面に這いつくばる。  僕は、顔を上げた。  ミーシャは!?  しかし、先ほどまでミーシャに止めを刺そうとしていた魔人は、地面に倒れふしていた。  変わりに、大剣を背にかついだ、長身の戦士がその傍らに、立っていた。  黒く長い髪を後ろで束ね、革の鎧を身に着けている。  フェネルの兄、ノルムさんであった。  僕は急いでミーシャに駆け寄った。 「セレン無事だったのね。よかった。 私少し、どじっちゃったわ……」  力なく言う、ミーシャ。 「ミーシャ! 喋るな!」  そう言って、僕はミーシャの口をふさがせる。 「フェネル、ミーシャの傷の具合を見てやってくれ」 「わかったわ」  そう言うと、フェネルは倒れているミーシャの横に座り込み、  ミーシャの手当てを始める。 「あなたに命を助けられるのは、これで二度目ね」  ミーシャは、顔を上げ、ノルムさんに向かいゆっくりと言葉を吐き出す。 「気にすることは、ないさ。それに、偶然その場に立ち会わせただけ。 セレン君も言ったろ。無理して喋るんじゃない」  ノルムさんは、やさしい口調でミーシャに言葉を返す。   白き衣を纏いしもの   夜の闇を滅ぼせしもの   その絶対なる白き力持て   彼の傷つきし者を癒せ  辺りにフェネルの詠唱が響き渡る。  ミーシャの腹部の傷がみるみるうちに、回復していく。 「ありがとう、フェネル。少しだるいけど、さっきよりかなりマシになったわ」  ミーシャはゆっくりと上体を起こす。 「なんとか傷口だけは閉じることが出来たのだけど。 まだ、体力は回復しきれていないの。 少し休まないと、動くのはきついかも」  ぐおおおおおおおおおお  その時。  辺りに耳をつんざくような、咆哮があたりに響き渡った。  僕らは一斉にその咆哮を上げた、“そいつ”に注目した。    いままでに見たことも無い魔人であった。  筋肉隆々とした巨大な体躯。  頭からは六本の角が生えいる。  赤く爛々と光る瞳は人間と同じ二つであった。  そして。  何よりも異様であったのは、背中から生え出した黒き翼。  しかも、翼は一対で生えているわけではなく、背中から片方のみ生えていた。  その異様な姿と、地を震わせる咆哮に、僕は鳥肌が立った。 「ミツケタ!! ミツケタゾ!!! ギンパツノムスメ!! ソラウ・クラス!!!!」  目の前の魔人は人間の言葉で、そう叫び、歓喜をあらわにした。  その光景は、僕の目に不気味に映った。 「ソラウ・クラス!! ソノチヲ、ワレニササゲヨ!!」  魔人は、不気味な声音でその獣のような口から人の言葉をつむぎ出す。  そして、一歩、二歩と僕らの方ににじり寄る。  ソラウ・クラス。  何日も前に、僕が倒したあの魔人も、今の目の前の魔人のように、その言葉を吐いた。  どんな意味の言葉なのか?  それは未だ、疑問に包まれている。  しかし、一つだけはっきりした事があった。  こいつは!!  こいつらはフェネルを狙っている!!  何故だか知らないが、フェネルを見て。  フェネルを見つけ、そして、彼女を明らかに指して“ソラウ・クラス”と呼び、狙っているのだ。  明らかに危険だ。  ここで、全力で一気に仕留めてしまわないと、後々彼女の身に何が起こるかわかったもんじゃない。 「フェネル!! いける?」 「はい!!」 「なら、一気に仕留める! ノルムさん、ミーシャをお願いします!!」  それだけ言って、僕とフェネルは目の前の不気味な魔人に向かい、突撃した。  僕は、唇を強くかみ締めた。  なんて、強さだ。  歯が立たないとは、まさにこのことだ。 「セレンさん、諦めずにもう一度仕掛けましょう!!」  フェネルは気丈にも、僕にそういう。  しかし、勝てる気が全然しない。  他の魔人と明らかに強さの“格”が違う。 「フェネル!! セレン!! ミーシャをつれて引け!」  後ろから、鋭い声がかけられる。  ノルムさんであった。  ノルムさんは大剣を右手に持ち、ゆっくりと僕らの前に進み出る。 「兄さん!! でも!!」 「“肩翼の魔人”は、フェネル、君を狙っている!! こいつを、倒すにはどうしても“ソラウ・クラスの聖剣”が必要なんだ。 そして、フェネル!! 君には唯一、その聖剣を解き放つことの出来る特別な力がある。 セレンくん、私の一生の頼みだ! フェネルを決して、見捨てないでやってくれ!! 心からフェネルの力になってやって欲しい!!! そして、命に代えてもフェネルを守ってやってくれ!!! 彼女は、このターナの希望なんだ!!」  ノルムさんは怒鳴るようにそう言うと、僕らに振り向き、にこりと笑った。 「村はずれにリナートがいるはずだ。 そこまで、全力で逃げるんだ。 ここは、私が命に代えても食い止める」  ノルムさんはそこまで言うと、大剣を上段に振り上げ、一気に魔人との距離を詰めた。  そして、華麗な動きで魔人に切りかかる。  僕は、あまりのも突然なノルムさんの話に、頭が混乱していた。  ソラウクラスの聖剣?  フェネルが村の希望だって?  ノルムさんの言っていることがよくわからなかった。  そして、それは僕の横に立ち尽くすフェネルも同様なようだ。  一体、ノルムさんが何を知っているのか?  色々と、聞いてみたかった。  しかし、今はそれどころでないことぐらいわかっていた。 「フェネル!! 逃げるよ!!」  僕は大声で彼女にそう言うと、後ろで、地面に座り込んでいるミーシャを担ぎ上げた。 「セレン、どこ触っているのよ!」 「うるさい、今それどころじゃないんだ!!」  フェネルはまだ、その場を動こうとしない。 「フェネル!! 逃げるんだ!!」 「でも、兄さんが!!!」  ぱしり、と乾いた音が辺りに響いた。  僕がフェネルの頬を、平手で殴りつけたのだ。 「何度も同じことを言わせないでくれ!!」  僕はフェネルの腕を強引に掴むと、ミーシャを抱えたまま、その場から全力で駆け出した。  ノルムさんは僕に言ったのだ。  命にかえても、フェネルを守ってやってくれと。  だから。  あの場から逃げ出すのは、フェネルのことを考えると最良の選択なのだ。  だから、ノルムさんはあんな強さの魔人を目の前にして“命に代えてもここを食い止める”と言ったのだ。  ノルムさんの気持ちを無駄にしないためにも。  僕は、強引にでもフェネルをつれて逃げなきゃならない。  彼女を守るのは僕の役目なのだから。  ……  …………  ………………  ……………………  …………………………  ………………………………  ……………………………………  それから、随分と長い時間が流れた。  僕は、フェネルとミーシャを連れて、全力で逃げつづけた。  村を襲撃した魔人とそれを迎え撃つターナの人々の戦いは、すでに終わりを迎えつつあり、 軍配はターナの魔法使いと戦士達に上がろうとしていた。  しかし、村の損害も甚大であった。  村の家々が、魔人の怪力によって打ち壊され、何人もの死傷者を出した。  村はずれの川。  日は、西の方に傾きつつあった。  僕は、草むらに座り込み、空を仰いだ。  なんて、青い空なんだろう。  あんなことが無ければ。  今、僕の目に映る光景は平和ないつもの通りのものと、何一つ変わらないのに。  涼しく、通り抜ける風が、僕のほてった体を冷やしていく。  ふと横を振り向くと、ミーシャとフェネルも同じように草むらに座り込んでいる。  フェネルは、長い距離を一気に走りぬけため、肩で荒い息をしていた。  ミーシャは、体力が回復していないのか、ぐったりとしている。 「とりあえず、ここまでくれば大丈夫だろう」  僕は呼吸を整えながら、ゆっくりと言葉を吐き出す。 「それにしても、疲れた。今魔人に襲われたら、さすがじゃないけど勝てる気がしない」  僕はそういいながらも、背負っていた魔剣を鞘から引き抜く。  村の方ではまだ戦いが続いている。  魔人がこちら方へと来ることは十分に考えられた。 「フェネル、元気出しなさい。ノルムさんなら大丈夫よ。だって、彼強いもの」  肩を上下させながら、一言も喋らず、不安げな顔をしているフェネルをミーシャは元気付けようとする。 「ほら、セレンもなんか言ってやんなさい」 「フェネル……」  僕はそれ以上声を出すことが出来なかった。  一体、何て言えばいいんだ。  ノルムさんはきっと大丈夫だ。  そんなことを言ったって、気休めにしか過ぎない。  あの魔人の強さは。  実際に戦った僕とフェネルには痛いほどわかっていた。  ノルムさんが、かなう相手とは到底思えない。  その時。  後ろの草むらの方からがさごそと、人の気配がした。  いや、人じゃないかもしれない。魔人の可能性だって十分にある。  僕は、すぐに飛び起き、草むらに向かい、魔剣を正眼に構えた。  フェネルも同様に杖を構え、ミーシャは何とか立ち上がり、腰の剣を引き抜く。 「リナートさん」  僕の横に立っていたフェネルが呟く。  草むらから現れたのは、リナートさんであった。  彼女の、白い衣服は所々が破れ、赤く染まっていた。  両の手には、剣と杖を携えている。 「あなたたち。大丈夫だったの!?」 「なんとかね」  リナートさんの言葉にミーシャがぺたりと尻餅をついて答える。 「リナートさん、僕らはあなたに聞きたいことがあるんだ」  僕は正眼に構えた剣を下げると、強い口調でそう言った。  フェネルも無言のまま、リナートさんを見つめ、その答えを待ち望んでいるようだった。 「聞きたいこととは一体何?」 「ソラウクラスの聖剣。そして、その剣と私のについてのことです」  リナートさんに質問したのは僕ではなくフェネルだった。  フェネルは静かな口調で、リナートさんに問う。 「一体、どこでその話を……」 「兄さんから聞きました。 兄さんは黒い翼の生えた魔人から、私たちを逃すために、一人あの魔人に戦いを挑みました。 ねえ、リナートさん教えてください。 なんで、魔人たちは私のこと“ソラウ・クラス”と呼び、付け狙うの? “ソラウ・クラス”とは一体何のことなの?」  フェネルは激しい口調で、一気にまくし立てる。 「そう。“片翼の魔人”がとうとう姿を表してしまったのね。 いいわ。あなた達の知りたがっていることを全部、教えましょう」  リナートさんはそう言うと、深くため息をついた。 「“ソラウ・クラス”。それはターナの人々が古き時代から称え、祭りつづけてきた “月と静寂を司る天の使い”の古き名前よ。 今では、その天使への信仰が薄れるのと同時に、 この村でその名を知るものは少なくなってしまったのだけど」 「ねえ、リナートさん。ちょっとまって。“ソラウ・クラス”と言うのが、 その“月と静寂の天使”の名前だって言うのはわかったのだけど。 なぜ、フェネルが魔人たちから“ソラウ・クラス”と呼ばれ、付け狙われているのよ」  リナートさんの説明にミーシャが横から口を出した。 「そうね。話は長くなるのだけど。 あなた達、ソラウ・クラスにまつわる伝説は知っているわよね?」  リナートさんはそう言って僕らの顔を見回す。  月と静寂の天使に関する伝説。  いつの夜だか、フェネルが僕に語ってくれた昔話だ。  魔人が世を支配していた古い昔に、月より天使が舞い降り、人々に白き魔法を授け、 人と力を合わせて魔人をやっつけるという、そんな昔話だ。  僕ら三人はリナートさんの問いに、無言でうなずく。  リナートさんは静かな言葉で、続きを話し始める。 「はるかなる昔。 地に魔物がはびこりし時。 人々は魔人の存在に恐怖し、絶望と無力感にさいなまされていた。 そんな絶望のさなか。 遥かなる天空に浮かぶ月より、一人の清らかなる乙女が、地に舞い降りる。 その娘は、白い衣に身を包んでいた。 背には白く輝く、一対の翼。 そして。 その髪の色は、目にも鮮やかな銀色であったと伝えられているわ」  僕はリナートさんのその言葉を聞き、反射的に横にいたフェネルの方を向いた。  美しい銀色の髪。  リナートさんはフェネルが、その伝説のソラウ・クラスと呼ばれる、 月から来た娘に似ていると、言いたいのだろうか?  フェネルはリナートさんに何か言おうと、口を開きかける。  が、リナートさんは手を上げてそれを制する。 「まって、フェネル。まだ話は終わっていないの。」  そして、リナートさんは続きを話し始める。 「月から舞い降りたその銀髪の娘は、人々に“白魔法”を授け魔人たちと戦うわ。 そして、魔人たちを打ち滅ぼし、勝利を手に入れたその後。 彼女は人々と一緒に住み続け、二人の子供を生むの。 その子供達も、目にも鮮やかな銀色の髪であったと言うわ。 そして、ターナでは代々、ソラウクラスの末裔である銀髪の者が、 ターナの人々をまとめ上げる指導者の役割を果たしてきたのよ」 「ちょっと待って下さい。 つまり、私がその昔話に登場する“月と静寂の天使の末裔”であると。 だから、魔人たちが私を“ソラウ・クラス”と呼ぶと。 そう言いたいんですか?」  リナートさんの言葉にフェネルは怒ったように言う。 「ねえフェネル、よく聞いて。 私はあなたがその伝説のソラウ・クラスの末裔であるかなんてわからない。 でもね。 ターナの村では代々、銀髪の者が指導者の役割を負ってきたのは事実なのよ。 あなたのお母様も。 そしてお婆様も。 皆、ターナの指導者として先頭に立ち、魔人と戦ってこられたのよ」 「うそ……」  リナートの衝撃の告白に、フェネルは驚きの呟きをもらす。 「でもね。フェネルがまだほんの赤ん坊の頃。 あなたのお母様はターナの指導者はこのようなしきたりで決めるべきではないと 言い出したのよ。 そして、あなたのお母様の次の代から。 ターナの指導者は、人々の話し合いで、決めるようになったのよ。 きっと、あなたのお母様……フルーノ様はあなたにつらい思いをさせたくなかったのでしょうね。 この話をあなたに絶対にしないで欲しい、と言うのが、フルーノ様の最後の遺言であったの……」  リナートさんはそこまで言うと深くため息をついた。  フェネルは何を考えているのだろうか。  彼女は俯いたまま、微塵も動かない。  重い沈黙が辺りを支配する。  そんな中で、僕にはどうしてもわからない、一つ疑問があった。  なぜ、魔人たちはフェネルのを狙うのか?  それを率直にリナートさんに聞いて見る。 「リナートさん。何故魔人たちはフェネルを狙うんだ。 それに、あの翼をはやした不気味な魔人は一体なんなんだ?」  リナートさんは僕に向き直り、ゆっくりと口を開く。 「あの“片翼の魔人”はね。“ソラウ・クラスの聖剣”を欲しがっているのよ」 「ソラウ・クラスの聖剣?」 「そう。 伝説にある、月と静寂の天使が愛する男を守るために、剣に身を変えたというその剣よ」 「そんなおとぎ話の中に出てくるようなものが、実在するのか?」 「ええ、あるわ」  と言って、リナートさんは川の上流の方を指差す。 「ここから、川を遡り、迷いの森を抜けた所にソラウ・クラスを祭った神殿跡があるわ。 フェネルとミーシャはセレン君を助けるために、一度あそこのに行ったことがあるでしょう。 もともと、あの神殿はソラウ・クラスの聖剣を奉るために、建てられたものなの。 セレン君たちは知らないでしょうけど、三十年前、ターナの村がまだあそこにあった頃。 村では年に一度、“聖剣祭”と呼ばれるお祭りが行われていたのよ」 「それで、その聖剣は今どこにあるんだ?」 「ソラウ・クラスの聖剣は今でもあの神殿に封印されているわ」 「じゃあ何故、聖剣を奪わない。その片翼の魔人と言う奴が欲しがっているのは、 フェネルじゃなく、その聖剣なんだろう」 「さっきも言ったでしょう。聖剣は封印されているの。 その封印は五十年前、フェネルのお婆様によってされたわ。 “血の封印”と呼ばれる強力な封印で、封印を施した本人と、その血族以外、 決してその封印を解くことできない」 「だからか。だから、奴らはフェネルを狙っているのか」  やっと。  やっと、疑問が解決した。  奴らが、なぜ執拗にもフェネルを狙うのかが、はっきりした。 「ちょっと、待ってよ」  横で僕らの会話を聞いていたミーシャが口をはさむ。 「その片翼の魔人は、何故そんな聖剣を欲しがっているのかしら?」 「それは……」  リナートさんがその問いに答える。 「あいつはたぶん、自分を滅ぼす力を持った聖剣を破壊したがっているのよ。 あの、片翼の魔人は聖剣ソラウ・クラスでないと倒すことができないわ。 事実、五十年前に、片翼の魔人はフェネルのお婆様とお爺様によって、倒されているもの」 「そして、その倒された魔人が長い時を経て、再び復活した?」 「その通りよ、ミーシャ」  そう言って、リナートさんは草むらにゆっくりと腰を下ろした。 「あいつは。 片翼の魔人は、再び同じ過ちを繰り返さないように、ソラウクラスを無き物にしようとしている。 たぶん、今回の村の襲撃も。 フェネル、あなたを狙って、奴が仕掛けたものだわ。 そういう意味では、村の被害は甚大だけど、相手の目的が達せられなかった以上、勝ち戦になるわね。 今回の戦い」  リナートさんは再び深くため息を吐き出した。 「話はこれで、終わりよ。大体なぞは解けたでしょう? 他に聞きたいことある?」 「ねえ、リナートさん……」  それまで、ずっと黙って話を聞いていたフェネルが、不意に口を開いた。 「私は。私はこれから一体、どうすればいいんですか?」 「そうね。あなたは逃げつづけないさい。 あの魔人が、あなたを狙っている以上、このターナに居るのは危険だわ」 「でも……」 「大丈夫。あなたが生きていてくれる限り、聖剣ソラウ・クラスを封印から解き放てる可能性はゼロじゃないわ。 フェネル。あなたは村の希望なの。唯一聖剣を復活させることのできる希望。 だから、セレン君。あなたがフェネルの守護者に選ばれたのよ」 「僕が?」 「そうよ。あなたは、父親のユークリッドさんを超える、優秀な戦士に成長してくれたわ。 あなたなら、フェネルを守りきれると判断して、村の話し合いによりフェネルの守護者に選ばれたの。 結構、責任重大よ」  リナートさんはそう言うと、その顔に笑みを浮かべた。 「ねえ、ミーシャ、セレンさん。私これから、ソラウ・クラスの神殿跡に行こうと思うの」  フェネルが唐突に口を開いた。 「わたし、あの神殿にもう一度行って、聖剣の封印を解きます。 聖剣の封印を解き、あの魔人を闇に葬ります。 だから、セレンさん。ミーシャ。私に力を貸してください」  フェネルのその言葉に慌てて、口開くリネートさん。 「ちょっと、フェネル。あなた、自分の言ってることがわかっているの? 今のあなた達ではあの魔人に勝つことなんて、できないわ」 「そんなの、やってみなきゃわからないわ」  そんなリネートさんの言葉に、ミーシャが横から口を開く。 「それにね、リナートさん。うちには優秀な戦士がついているのよ。 魔人の三匹や四匹、屁の河童だわ」  そう言って、ミーシャはぽんと僕の肩を叩く。  ミーシャは随分と頼もしいことを言ってくれる。  だが、正直僕にとって魔人の三匹や四匹は、屁の河童じゃない。 「さあ、フェネル行くわよ!!」  そう言ってミーシャは立ち上がる。 「うん」  フェネルもそう答え、勢いよく立ち上がった。 「リナートさん、大丈夫ですよ。僕がついてますから」  不安な顔をしているリネートさんに僕は声をかける。 「でも……」 「大丈夫です。絶対にあの翼の生えた魔人の首を持ち帰ってきますから」  そう言って、僕もフェネルとミーシャと同様に立ち上がった。 「さあ、魔人退治に出発するわよ!!」  ミーシャの元気な声があたりに響き渡る。  そんな、ミーシャの言葉にフェネルは力強くうなずき、 僕はそんなうれしそうな彼女らを見て、苦笑した。   「セレン、もうこれ以上先に行くと、後には引き返せないわよ。 よく考えてから進みなさい」  ミーシャが僕に忠告する。  そうだな。  準備が出来ているのか、確認してから進むことにしよう。 「やっとここまで来たわね」  目の前に朽ちた神殿の跡が広がっている。  鼻の曲がるような匂い。  魔人特有の体臭なのであろうか?  しかし、魔人の気配は微塵も感じられない。  不気味なほどに辺りは静まり返っていた。 「ねえ、セレンどうするの?」 「どうするって、先に進むしかないじゃないか。 フェネル、心の準備はいい?」 「私なら、大丈夫です」  僕は魔剣を革の鞘からゆっくりと引き抜く。  それをみたミーシャも同様に、腰からレティアさんの魔剣を引き抜いた。  僕らは慎重な足取りで、一歩ずつ、朽ちた神殿の中へと歩を進める。  冷たい風が辺りを吹き抜ける。 「なんか、嫌な気分だ」 「あんたが、そんなことを言っていてどうするのよ。もう~」  僕の呟きに、ミーシャが抗議の声を上げる。  相変わらず、辺りには魔人の気配が無く、物音ひとつない。 「おかしいわ。前はあんなにも魔人がたくさんいたのに」  フェネルが辺りを見回しながら、静かに呟く。 「前に村を襲撃の時に、私たちにやられて、全滅してしまったとか」 「それにしたっておかしいわ。魔人の一体や二体いても、おかしくないもの」  フェネルとミーシャは小さな声でやり取りをしている。 「とりあえず、先へ進もう。先に進めばどうなっているのかわかるさ」  僕らはさらに神殿の奥へと足を踏み入れる。 「ミーシャ!! セレンさん!!」  フェネルが静かに声を上がる 「わかっている」 「わかってるわ」  僕とミーシャは同時に答え、フェネルを庇うように剣を構える。 「謀られたな。僕らはまんまと罠に引っかかったわけだ」  周りの瓦礫に、何が潜んでいる。  それも、一体や二体じゃない。  もっとだ。 「魔人の癖にやってくれるわね。全く」  横でミーシャが、軽く舌打ちした。  ミーシャはゆっくりと、杖を構え、詠唱を開始する。   月を司るもの 静寂を司るもの 聖剣に身をかえし大いなる天使   今こそこの地に舞い降りよ   我が絶対の力と化せ   目の前に立ち塞がる邪悪なる者どもを退けよ  刹那。  ミーシャの体が、白い光に包まれる。  それと同時に、瓦礫の影からゆっくりと魔人たちが姿を現わし始める。  見上げるような巨体。  無数の赤い瞳が闇の中に浮かび上がる。  全部で六体。  さすがじゃないが、六体の魔人を相手に僕ら三人で戦うことはまず無理だ。  戦力が違い過ぎる。  このまま、まともに戦っていては、勝ち目が無い。  なんとか、なんとかしないと。 「セレン!! フェネル!! ここは私が引き受けるわ!! あなたたち二人は、先に進みなさい!!」  りんとしたミーシャの声が神殿内に響き渡る。 「ミーシャ一人では、この数は無理よ!! なんとか、私たち全員で協力して切り抜けましょう!!」  フェネルの悲痛な叫びが辺りに木霊する。  しかし、ミーシャは答えない。  ミーシャは再び杖を構えると、白魔法の詠唱を開始する。   白き光 聖なる力よ   彼の剣に集え   魔を討ち滅ぼす 聖光を纏いて   闇の住人どもを斬り伏せよ  ミーシャの持つ、魔剣が白い光を放ち始める。 「私なら、大丈夫よ。ちょっとや、そっとじゃやられないもの! 早くしないと、この魔人の包囲網を突破できなくなるわよ!!! さあ!!! 早く!!!!!」  ミーシャは“天使の守り”と“聖なる剣”の魔法の加護を受け、自ら囮にでもなるように 魔人達の前に進み出る。 「行こう、フェネル」  僕はフェネルの腕を強引に掴むと、神殿の奥を目指し、一気に走り出した。  一体の魔人が、僕らの行く手をふさごうと、目の前に立ちふさがる。 ※  僕と、フェネルは立ちふさがる魔人を切り捨て、決して後ろを振り向かず、 ただ、聖剣が封印されているであろう神殿の奥を目指し、全力で走った。  そして。  僕らは神殿の最も奥にたどり着く。  そこに。  そいつは待ち構えていた。  赤い二つの瞳がぎらりと、光る。  片翼の魔人はその醜悪な顔に、笑みを浮かべた。  そして、その魔人の立つ、もっと奥。  神殿の一番奥の部分には、小さな泉があった。  その泉からは、こんこんと水が湧き出している。  その泉の中央。  水面に、一振りの剣が突き立っていた。  柄には綺麗な装飾が施され、刀身は淡い光を放っていた。  思わず、息を呑むような、美しさだ。  美しい剣であった。 「あれが、ソラウクラスの聖剣……」  横で、フェネルが呟く。 「フェネル、剣の封印の解き方はわかる?」 「ええ。リナートさんが“血の封印”と言っていたから、たぶん。 子供の頃に、おばあちゃんに聞いた覚えがあるの。 “血の封印”の解き方」 「ならいいや、問題ない」  言って、僕はだらりと下げていた剣を、正眼に構える。 「僕が、あの魔人を全力で引き付ける。 だから、フェネルはその間に後ろに回りこんで、聖剣の封印を解いてくれ。 フェネル、わかったね?」  僕は、彼女に聞こえるように小さい声で言う。  その間にも、僕の瞳は目の前の魔人を見据えたままだ。 「セレンさん……」  ふと、フェネルが僕の腕を握り締める。  彼女の手は、震えていた。 「セレンさん、絶対に死なないでくださいね……」  彼女は僕の耳元でそれだけを言った。 「ああ、わかってる」  僕は魔剣を構えたまま、一歩前に踏み出す。  そして、フェネルは。  両手に杖を構えたまま静かに詠唱を開始した。  耳に心地よい、彼女の声が、まるで歌でも聴いているかのごとく、耳に流れ込んでくる。   遥かなる天上に住みし月の使者よ   我願う   闇を切り裂く白く輝く光を我に与えよ  刹那、辺りが、真っ白な光に覆われる。  僕は、一気に前に跳んだ。  勝負はフェネルが、ソラウクラスの聖剣の封印を解くまでだ。  それまでは、絶対にあの翼の魔人に手出しさせない!  間断なく攻めろ!!  僕は気合の雄たけびを上げた。  フェネルの放った光が収まり、辺りはまた薄暗くなる。  真正面の魔人は僕の攻撃に備え、構えの姿勢をとった。  僕は構わず、剣を振り上げ一気に突っ込む。  剣の間合いに入った!!  それと同時に、僕は魔剣を振り下ろした。  鋭い斬撃が魔人の頭に振り下ろされる。  まるで、硬い鉄に向かって振り下ろしたような硬い手ごたえ。  腕がしびれる。  振り下ろした剣がはじかれた。  なんて、硬い皮膚なんだ!!  体勢を崩した僕に、魔人は容赦なく右腕の爪を振り下ろす。  僕は後ろに跳び、寸でのところで風を切る魔人の爪をかわした。  そして、すぐさま魔人の左手に回り込み、魔人の太股めがけ、渾身の力で魔剣を振り下ろす。  またも、鉄を斬ったような手ごたえが腕に伝わる。  しかし、全く効いていないわけじゃなかった。  斬りつけた魔人の太股には、縦に、赤い一筋の線が走っていた。  いける!!  この魔剣でも、ある程度ならこの魔人を傷つけられる。  それならば、この魔人の注意を引くことが出来る。  今僕がやらなければならないことは、フェネルがソラウ・クラスの聖剣の封印を解くまでの 時間稼ぎなのだから。  僕は魔人に向かい間断なく攻めつづける。  大上段から相手の頭部へ剣を振り下ろし、胴をなぎ、首や、胸に突きを突き入れた。  しかし、魔人の体を浅く傷つけることはあっても、死に至らしめる致命傷を負わすことはできない。  魔人の反撃は激しさを増す一方だった。  その魔人の攻撃に、僕は少しずつ体のあちこちを切り裂かれ始める。  僕は次第に、焦りを覚え始める。  このまま、ではやられてしまう。  フェネルは。  フェネルはまだ、聖剣の封印と解けていないのか!!!  私は焦っていた。  早く。  早く、聖剣の封印と解かないと。  あの魔人相手に、セレンさん一人ではそう長くはもたないのは、明白だった。  私は魔人に気づかれないように、泉に突き刺さった聖剣を目指し、走っていた。  泉のふちまで行くと、私はそのまま、濡れるのも構わず、水の中へ足を踏み入れる。  冷たい感触。  この泉の深さは、私の膝ぐらいまで。  思っていたよりもそんなに深くは、ないようだ。  私は聖剣に向かい、歩を進める。  綺麗な装飾がほどこされた、美しい聖剣。  その聖剣は淡い光に包まれていた。  何て、幻想的な剣なのだろう。  これが、月と静寂を司る天使ソラウ・クラスが、愛するものを守るために、 その身を変えたといわれる悲しき聖剣。  その聖剣は不思議なことに、刀身だけ水面に突き刺さっていた。  水に浮いているというより、中に浮いているのだ。  私は、聖剣の柄を握り締め、力いっぱい引き抜こうとしてみた。  しかし、聖剣は少しも動かない。  “血の封印”がなされているのだ。  その封印の解き方。  ずっと前に、おばあちゃんに聞いたことがある。  その、封印を解く方法。  それは。  封印が施されたものを、封印した本人の血か、または血族の血で染めれば、封印を解く事ができる。  私は、魔人と戦っているセレンさんを見た。  魔人相手に、随分と苦戦を強いられているようだった。  しかし、彼は一歩も引かない。  足が切り裂かれ、二の腕から血が噴出そうとも決して、後ろには引かない。  彼は待っているのだ。  私が、この聖剣の封印を解くのを。    私は意を決した。  両腕の手首を、聖剣の刃に押し付ける。  そして、押し付けた手首を、刃に沿ってスライドさせた。  両の手首に軽い痛みが走り、一筋の赤い線が引かれる。  そこから真っ赤な血が、ゆっくりと流れ出る。  痛みは感じない。  こんな、小さな痛みに比べれば。  今、この瞬間に感じている、セレンさんやミーシャの痛みのほうが遥かに大きいのだ。  私は手首を切り裂いた両手で、聖剣の柄を握り、力いっぱい引き上げた。  力を込めた、私の両手首から、真っ赤な血が滴り落ちる。  その赤い血は、聖剣の柄をつたい、刀身をぬらし、私の立つ、泉へと注がれる。 「お願いよ!! 早く封印よ、解けて!!! そうしないと、セレンさんが!!! セレンさんが!!!!」  私は、力の限り、聖剣を引き抜いた。  私が、力を込めれば、込めるほど。  手首からの出血は酷くなり、白く美しい聖剣は真っ赤に染まっていく。  そして、聖剣の刀身を伝い、血は泉を赤く染める。  多量の出血により私の頭はぼんやりとしてくる。  それでも、聖剣はびくともしない。  まだ。  まだ、私の血が足りないの!?  このままでは、セレンさんが死んでしまう!!  私は再び右の手首を、聖剣の刃に押し当てた。  そして、手首の傷口をより広げようと、手首を刃に滑らせる。  私の血なら全てあげる!!  だから。  だから、月と静寂の天使よ! ソラウクラスよ!!  私に! セレンさんを助けるために!! この聖剣を使わせてください!!!  お願いします!!  私は必死になって、血まみれの聖剣を引き抜いた。  その時、何の前触れもなく、聖剣はゆっくりと持ち上がった。  ついに、聖剣の封印が解けたのだ。  私は大声でセレンさんの名を呼ぼうとした。  しかし、おなかに力が入らない。  声を出すことができない。  頭が、くらくらする。  足の力が抜けて、立っていられない。  私はゆっくりと、後ろに。  泉の中に崩れ落ちたのだった。 「フェネル!!!」  僕は声を限りに、彼女の名を叫んだ。  僕の視界の端で、彼女は聖剣を確かに引き抜いたのだ。  しかし、彼女はそのまま泉の中へと、倒れてしまった。  助けないと!!  さっきまでは、この魔人を相手に。  もう、駄目だと思っていたのに。  でも。  フェネルの崩れ落ちる姿を目にすると、どうしようもないぐらい、爆発的な力が 体にみなぎってくる。  あの夜。  彼女が目の前で崩れ落ちる姿が、網膜に焼きついてはなれない。  この目の前の憎たらしい魔人をどうにかしないと。  僕かは、傷だらけの体で目の前の魔人のわき腹に、渾身の廻し蹴りを打ち込んだ。  僕の右足のすねが魔人の腹にめり込み、魔人は短いうめき声をもらす。  僕はその瞬間を逃さない。  うめきをもらした魔人のその口の隙間めがけて、剣の切っ先を突きこんだ。  剣の切っ先は、狙いたがわず、魔人の口に進入し、首の後ろへと突き出る。  串刺しにされた魔人は、苦痛のうめき声をあげた。  僕は、魔剣を魔人の口に押し込んだまま、手を離し、痛みでバランスを崩している魔人に、 足払いをかけた。  片翼の魔人は、その巨躯を揺らして、ゆっくりと倒れる。  鈍い音があたりに響き渡る。  僕は、フェネルの元へ全力で駆け寄る。  彼女は未だ、泉の中に倒れたままだ。  僕は濡れるのも構わず泉の中に入り、フェネルを抱き上げた。  彼女の両手首には、切ったような跡があり、そこから大量の血が流れでていた。  彼女の体温は著しく低下し、肌の色はまるで死人のように白い。  しかし、彼女の右腕にはしっかりとあの聖剣が握られていた。 「フェネル!!! フェネルしっかりしろ!!!」  僕はフェネルを泉から引き上げる。  そして、自分の服の一部を切り裂き、フェネルの両手首と、上腕部分をきつく結んだ。  これで、出血は何とか抑えられる。  それにしても、ひどく衰弱している。  何故、こんなになるまで彼女は。 「セレンさん……良かった、無事なのね」  フェネルは薄めをあけ、呟いた。 「ああ、僕なら大丈夫。それより、君のことのほうが心配だ」 「私なら大丈夫よ」  そう言ってフェネルはゆっくりと上体を起こす。 「フェネル、起きるな。ゆっくりと休んでいるんだ」 「いえ。そんなわけには、いかないわ。今この瞬間にもミーシャは。 あの子は必死で私たちのために戦ってくれているのに。 私だけ、おちおち寝てなんていられないわ」  フェネルは強い口調でそう言うと。  横に転がっていた杖を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がった。  その足元は少し、ふらついているように見える。  はた目で見ていて、危なげなかったが、しかし、フェネルの意思だけはしっかりとしていた。 「さあ、セレンさん!! 聖剣を取りなさい!! 私たちの最後の戦いよ!!」  フェネルは気合の声と共に、ゆっくりと前に一歩踏み出す。  僕は地面に転がっているソラウ・クラスの聖剣を取り上げた。  フェネルの血で真っ赤に染まった聖剣。  まるで、羽のように軽い。  血に濡れたその刀身には、一片の刃こぼれも無い。  神秘的な感じのする、美しい剣であった。 「これが、聖剣ソラウ・クラス。これなら。これなら負ける気がしない」  片翼の魔人はゆっくりと起き上がり、自分の口の奥に突き刺さった魔剣を忌々しげに 抜き、地面へと叩きつけた。  乾いた音を立てて、魔剣は床に転がる。  僕は聖剣を正眼に構え、ゆっくりと魔人に近づいていく。 「はやく、決着をつけないと、ミーシャが」 「わかっているさ、そんなこと!! もう二度と復活できないように徹底的に破壊してやる!!」  僕とフェネルはゆっくりと進み出る。  イマイマシキ、ソラウ・クラスメ!!!  マタ、ワシノジャマヲ、シヨウトスルノカ!!!  魔人は黒い片翼をばたつかせ、咆哮を上げた。  風圧が、僕とフェネルを圧迫する。 「フェネル、仕掛けるよ!」 「はい!!」  そうして、僕らの最後の戦いが始まった。  魔人の口から断末魔の咆哮がほとばしった。  全身の傷から血を噴出し、片翼の魔人はゆっくりと倒れる。  僕は、倒れた魔人の四肢を切り落とし、尾を切り、首を切断し、片翼の翼を切り刻んだ。  そうして、胴体の数箇所に突きを入れる。  僕の足元に転がっている魔剣では、ほとんど傷つけられなかった魔人の皮膚も、 この聖剣の前では紙くずも同然であった。  羽のように軽い剣。  その切れ味に、使っている僕が恐怖を覚えるぐらいだ。  それほどまでに、この聖剣の切れ味は凄まじいものであった。  魔人が、この剣の存在に恐れを抱くのも、当然なのかもしれない。 「セレンさん、私たちやっと……」 「ああ、勝ったんだ。それよりも……」 「うん、わかってる。私もミーシャのことがすごく心配。今すぐに助けに行かないと……」 「その必要なんてないわよ」  その時。  聞きなれたあの声が、神殿跡に響き渡った。  僕は、声のした方を振り向く。  この部屋の入り口に、一人の娘が、たたずんでいた。  身にまとう白い衣は所々引き裂かれ、血がにじみ出ていた。  脚に大きな怪我をしているのか、左足を引きずっていた。  しかし、娘の表情にはそんな傷の痛みなど微塵も感じられない。  その顔には、喜びに満ちていた。 「ミーシャ!!!」  フェネルはミーシャの無事な様を確認すると、彼女のもとに走っていき、飛びついた。 「ミーシャ!! 良かった、無事だったのね!! 六体もの魔人を相手にして。 私てっきり、ミーシャは死ぬつもりで、私たちを行かせたんじゃないのかとずっと心配していたのよ。 本当に、本当に良かった……」 「まったく、あんたって子は……」  フェネルは目からぽろぽろと涙をこぼしながら、ミーシャにしがみついていた。 「私が、死ぬわけないじゃない。ちゃんと勝算があって、したことよ。 もう。フェネル涙を拭きなさい。 いい年の娘が見っともないわ」  ミーシャはまるで年下の妹をあやすかのように、フェネルに囁く。  そして、ミーシャは僕の方を向き、口を開く。 「セレン、よくやったわ。弟がここまで、立派な戦士に成長してくれると姉としても鼻が高いわ」 「僕も、魔人を六体も相手にして戦う、勇敢な姉を持って、鼻が高いよ」  僕は苦笑を浮かべながらミーシャに答える。 「ねえ、ミーシャ。ところで本当に六体も魔人を相手にして、全員倒したの?」  涙を拭いたフェネルが、ふと疑問に思ったのかミーシャに質問する。 「んなわけないじゃん。魔人六体も一人で、相手にして勝てる訳ないって。 その魔人の断末魔の咆哮が聞こえたとたん、雲を散らすように奴ら居なくなってしまったのよ」  そう言って、ミーシャは僕の足元でばらばらになっている魔人の死骸を、顎で指す。 「それでも、一応自力で二体までは仕留めたんだけどね~ 本当にもう死ぬかと思ったわ」  そうミーシャは笑いながら、話す。  全く。  とんだ、お転婆な姉だ。  話を聞いていると、こっちが冷や冷やする。  僕は足元に転がっている、魔剣を拾い上げると、 もう一方の手で、ソラウ・クラスの聖剣を肩に担ぎ、二人の白き魔女たちの元へ歩み寄る。 「さあ、もうこんなところに用はない。村へ帰ろうよ」 「そうね。私もそれに賛成よ」  僕の言葉にフェネルは笑みを浮かべ答える。 「じゃあ、今夜はご馳走ね。私たちの偉大な勝利を祝って、乾杯しましょう!!」  ミーシャの元気の良い声があたりに響き渡った。  そうして。僕らはターナの村への帰途についたのだった  晴れ渡る空。  村の中央の広場に、村中の人々が集まっていた。  そう。  今日は僕らにとって、特別な日。 「セレンさん、何をそんなにニヤニヤしているんですか?」  隣に立つフェネルが、声をかけてくる。 「そういう、フェネルだってなんか嬉しそうじゃないか」  僕らは、互いに顔を見合わせ、笑っていた。 「それじゃあ、そろそろ成人の儀式を始めたいと思うのだが」  ゴホンと咳払いをして、村の長である年配の男性が僕とフェネルの前に立つ。  僕らの成人の儀式を見にきていた、村の人々のざわめきが一瞬にして静かになる。  村の長は、もう一度咳払いをして口を開く。 「今年、成人を迎えるのは、セレン・メールノールとフェネル・リスの二名だ。 二人と例年に比べて人数は少ないが、彼ら二人は優秀な白き魔女と戦士である。 特に、フェネル・リスは前指導者のフルーノ・リス様の娘さんであり、 その白魔術の才能たるや素晴らしいものを持っており、 またセレン・メールノールは皆も知っている彼の英雄ユークリッド・メールノールの子息で……」  まただ。  また、この人の長話が始まった。  ターナの村で何か、行事があるたびに、この人の長話が披露される。  僕は、子供の頃から何度聞いたであろうか。  僕は村の長の長話が、永遠と続く中、僕らと村の長を囲むようにして立っている村人たちを 見回す。  その中に、ミーシャの顔を見つける。  その隣には、ノルムさんもいた。  ミーシャは笑みを浮かべながら、こちらに小さく手を振った。  そんなミーシャに僕は、苦笑する。  それから、しばらくして長の長話も終わりに近づく。 「……というわけだ。 まあ、そういうわけで、皆にもこの若き魔法使いと戦士の成人を祝ってもらいたいと思う。 それではこれより成人の儀式を始める」  そう言って長は腰から一振りの剣を抜き放つ。 「フェネル・リスこちらへ」 「はい」  フェネルは返事をすると、ゆっくりと長の前にひざまずく。 「フェネル・リスよ。汝に使命を与える。 汝、ターナの魔女として誇りと勇気を持ち、我らが宿敵、魔人を討つことを命じる。 汝はその使命を果たすことができるか」 「はい」 「よろしい。では汝に魔人を打ち砕く力、聖なる剣を授けん」  そう言って、長はフェネルに腰から抜いた儀礼用の剣を差し出す。  フェネルは一度頭を下げたあと、その剣をうやうやしく受け取る。  そして、フェネルはその剣を持ったまま、僕の前にゆっくりと歩み寄る。  僕はそんな彼女の前に、ひざまずく。  フェネルは一息つくと、その端整な唇を開く。 「セレン・メールノール。汝に使命を与える。 汝、ターナの戦士として誇りと勇気を持ち、我に従え。 どんな時も我が盾となりて、我が命を守れ。 そして、我が使命を果たすため、我が手足となりて、魔人と戦え」  フェネルの静かな声音があたりに響き渡る。  僕は、この日のために覚えさせられた、形式通りの台詞を吐き出す。 「我、フェネル・リス様に従います。 我が命と引き換えにフェネル・リス様のお命をお守りいたします。 そして、フェネル・リス様の手足となりて、我らが宿敵、魔人と戦うことを 我が誇りに賭けて誓います」 「よろしい。では汝に魔人を打ち砕く力、聖なる剣を授けん」  そう言ってフェネルは僕に儀礼用の剣を差し出した。  僕はうやうやしく、それを受け取った。 「よろしい。これで、成人の儀式は終わりだ。 皆、新しい魔法使いと戦士の誕生だ」  村の長の言葉に、集まった村の人たちは、拍手で僕らの成人を祝ってくれた。 「こうして思い返すと早いものね。あんた達もついに成人か」  ミーシャは振り返って、僕とフェネルと見詰める。 「とうとう、僕も一人前の戦士になれたんだ。 ここのところ、なんだか大変なことばかりがあったけど。 こうして、無事に成人を迎えることができると。 なんか、うれしいよね。 フェネルも、そう思わない?」 「うん、私もそう思う。今日は私たちにとってとても素晴らしい日だわ」  僕ら三人は村はずれの川べりで、いつも以上に晴れ渡った青い青い空を見上げる。  とても、すがすがしい空。  水の流れが耳に心地よい。  僕は、澄んだ空気を肺一杯に吸い込む。  とても、いい気分だ。  今から8年前。  僕が、ターナに住み初めてからまもなくの頃。  僕は、どうしようもなく臆病で、弱々しくて、頼りない子供だった。  僕はあの頃から。  僕の目の前から突然姿を消した、父を恨みながらも。  心のどこかでは、とても強く、優しく、このターナで英雄と呼ばれていた父の強さに憧れていた。  そして、いつも思っていたのだ。  父のように強く、たくましい戦士に自分もなりたいと。  今日、僕は成人の儀を迎え、一人前のターナの戦士となった。  あの頃からの想いが、ついに叶ったのだ。  今まで、魔人との戦いの最中、つらいこともあった。  本当に死ぬかと思ったこともあったし、僕の大切な人が、目の前で殺されかけた事だってあった。  でも、今はこうして僕は、一人前の誇り高き、ターナの戦士となることができた。  そして、僕のそばには、守るべき大切な人だっている。  僕は……あのころの父に近づけたのだろうか?  ふと、そんな考えが頭をよぎる。 「セレンさん、どうしたんですか? ぼーっとして」  そんなことを考えていた僕をみて、フェネルはくすくすと笑いながら声をかける。 「なんか、その言葉。前にもフェネルに言われたような気がする」  僕はそんなフェネルに、笑って言葉を返す。 「セレンたら、いつもぼけーっとした顔してるから、フェネルに何度も同じようなことを言われるのよ」 「なんだよ、それ」  ミーシャの言葉に、顔をしかめて反論する。 「言葉の通りの意味よ」  しかし、ミーシャは僕の言葉などお構いなしといった感じで、言い返してくる。  そんな、僕とミーシャのやり取りを見てか、フェネルはくすくすと笑い始める。 「もう、何笑っているのよ、フェネル」 「ミーシャの言う通りだ。笑うところじゃないよ」 「だって……ミーシャとセレンさんたら面白いんだもの」  僕とミーシャの反論に、フェネルは可笑しそうに、おなかを抱えて笑っている。 「もう、フェネルったら……」 「なんか、心外だ」  僕らはそんな、他愛無い会話をして、ゆっくりとした時を過ごす。 「それにしても二人とも立派な魔法使いと戦士になったわ。 あの魔人を倒して以来、ここターナで魔人の姿を見かけることも無くなったし。 万事平和って感じよね」 「うん」  ミーシャの言葉にフェネルが頷く。  そう。  そういえば。  今から一週間前の、あの“片翼の魔人”との戦い。  あの戦い以降、このターナでは魔人は姿を現さなくなったのだ。  あの、片翼の魔人を倒したからだろうか?  それとも、ソラウ・クラスの聖剣をよみがえらせたためなのか?  実際のところ、それが、何でなのかは良くわかっていない。  ただ、ターナの村が、戦いのない平和な地になったことだけは確かであった。  そして、それは僕らにとって最高の喜びでもあった。 「さて、そろそろ朝干した洗濯物が乾く頃だわ」  ミーシャは伸びをすると、僕とフェネルの方へ振り返る。 「洗濯物、取り込まないとね」  ミーシャの言葉に僕は、笑って言う。 「わたし、家の掃除をしなきゃ。最近掃除してなかったから、結構散らかってるんですよね。 それをみて、兄さん渋い顔するから」 「ノルムさん、意外と綺麗好きなんだ」 「実はそうみたい」  フェネルは微笑を浮かべる。 「さあ、そろそろ村へ戻りましょう」  そんな僕らに向かい、ミーシャの元気な声がかけられた。  そうして、僕らはいつも通りの日々の生活に戻っていく。  魔人がいなくなっただけで、あとは何も変わらない日常。  それが、一番幸せなのかもしれない。  なにより、この平和な生活が、長年僕らターナの人々が追い求めてきたものなのだから。 「ねえ、フェネル。昔、子供の頃。あなたと約束したこと覚えてる?」 「え? なに?」 「私たち、大人になったら世界中を冒険しよう、って約束したじゃない」 「うん、覚えてるわ。その約束」 「ねえ、フェネル。私たち一緒に冒険の旅をしない? 世界中を歩いて、見て回るの。 この世の中には面白いことがわんさかあるはずだわ。 絶対に面白いこと、見つかるわよ。 私は、それを求めて冒険の旅に出たいの」 「うん、いいわよ。でもね。兄さんの許可をもらわなきゃいけないわね」 「大丈夫よ。ノルムさんはあれで、なかなか話のわかる奴だもの。セレン、あんたもついてくるでしょ?」 「僕も?」 「そうよ。セレンも冒険の旅、したいでしょう?」 「うん。まあね」 「いい返事だわ。 なんか、新しいことが始まる予感がする。 私たちの冒険は……これから始まるのよ」